第9話 [メイド服で家事(壊滅級)]

『い、一応着れたわよ……』


 ドア越しから、美紅の震えた声が聞こえてきた。多分、怒りで震えてるんだろうな……。


「入っていいか?」

『できれば入ってきてほしくないわ』

「入っていいんだな」

「ちょ! いきなりは――」


 ガチャリとドアを開けて目の前にいる美紅の姿を見る。

 その姿はまるで――この世の人物とは思えないぐらい……そう、童話に出てくるように美しく、可愛らしい姿をしていた。


「…………」

「ど、どうしたのよ……。感想ぐらい言いなさいよっ」

「いや、『馬子にも衣装』って言おうと思ったんだけど無理だな。普通に可愛いわ」

「…………。はぁぁッ!?!? あ、あ、あんた何言ってんのよバカ!!」

「? 思ったことを言っただけだが?」

「本当にッ!! ……はぁ」


 顔を真っ赤にして照れていたが、呆れたようにため息を吐く美紅。


「よし、第二ステージだ。美紅、今お前は俺のメイドだろ?」

「ん? まあ、そうなるのよね」

「だったら、呼び方も変えた方がいいんじゃ〜〜ないのかなと、ね♪」


 ニヤニヤと笑いながら美紅にそう問いかける。美紅は数秒を考え込んでいたが、理解した素ぶりをした途端に顔を赤くして俺を睨む。


「っ! あんた……Sなの?」

「俺はAB型だ」

「血液型聞いてるんじゃないわよ!」

「ほれほれ、美紅のアンサーを聞こうじゃないか」

「ほんっと、蒼夜っていい性格してるわ……」


 何回か深呼吸をした後、吃りながらも俺に向かってこう言う美紅。


「ご、ご……ご主人、様……。はい、言ったわよ! これで満足!?」

「満足満足、いや〜、照れてるところも良かったぞ?」

「や、やめなさいって言ってるでしょォ――ッ!!」


 メイド服の効果なのか、プンプンという擬音が聞こえそうな感じで美紅が怒っているように見えた。


「褒めちぎるのはこの辺りにしておこう。美紅、早速だがそこに散乱している洗濯物を畳めるか?」

「これぐらいはあたしでもできるわよ! へっへ〜ん、見てなさいよ〜〜?」


 フリフリとメイドのスカートを揺らしながら服などが散乱している場所へ向かう。

 美紅は正座し、服に手を取る。そして――


「!?」


 俺は絶句した。美紅は服を乱雑に畳み、その服はぐしゃぐしゃになっていた。対して美紅は鼻息を鳴らし、ドヤ顔をしていた。

 俺は眉間に人差し指を当て数秒考える。


「……よし、じゃあ一気に見ていくことにしよう」


 ――洗濯。


「洗剤を直で入れようとするな!」

「え? ダメなの?」

「それは直で入れちゃダメなやつなんだよ!」


 ――洗濯物干し。


「なぜハンガーを使わないっ!?」

「いや……いけるかなぁ、と」

「いけるわけないだろ!」


 ――掃除。


「……美紅、なんで掃除したら普通の部屋がにできるんだ」

「ちょっとドジしちゃった〜……」

「つ、次行こう……」


 ――料理。


「わ――ッ! お、お前包丁の持ち方がサスペンスドラマの持ち方だ! それに大根はもっと薄く切るんだよ!」

「こ、これぐらいは許容範囲じゃ……」

「そんなんじゃ全然煮詰まらないぞ!? あと米を洗剤で洗おうとするな!!」


 ――そしてざっくり全ての家事を見たあと。


「うぅ……なんで俺がこんなに疲れたんだ……」

「大丈夫? ごごっ、ご主人、様」


 美紅のおかしな言動にツッコミを入れたり、数多の危ない場面をなんとか回避させた。美紅が怪我をすることは避けられたが、俺の疲労がとんでもないことになっている。


「ちょっと、休憩させて……」

「う、うん……。あの、ごめんなさい……」

「ん?」


 ソファでゴロンと転がっていたら、藪から棒に美紅からそんな言葉が投げかけられた。


「どうした急に。柄でもなく」

「いや、蒼夜の手を煩わせちゃったし、全然家事できなかったし……。あたし本当にできるのかな……」

「…………」


 少し俯き、寂しげな声色でそう言っている。

 俺は美紅の頭にポンと手を置き、撫で始める。


「いいか? 誰だって初めはできないことのほうが多い。それを頑張ることはとても素晴らしことだ。だが、やらないのは違っていると思う。ま、ざっくり言うと『これから頑張って行こうな』ってことだ」

「……!」


 パァッと、美紅の顔が少し明るくなる。

 が、再び顔を赤らめ始め、目もぐるぐると回り始めていた。


「だ、だからって頭撫でることはないじゃない!」

「はっ、すまん。自然と手が吸い寄せられてた」

「もぅ……気をつけなさいよねっ。ご主人様」

「…………ふっ」

「はぁ!? 何笑ってんのよ!!」


 少しだけ『ご主人様』呼びも慣れていたので、俺はつい思わず笑みをこぼしてしまった。

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