第6話 [試験の次は受験]

「「お〜〜」」


 俺たちは揃えて感嘆の声を漏らしていた。

 高級マンションにつき、エレベーターで最上階の部屋に入る。するとそこは、バカみたいに広くて豪華な内装だった。リビングには巨大なテレビやソファ、大きい窓から町並みを拝見できたりできそうだ。

 とても一般人の俺には見る機会が少ない景色だろう。


「部屋もたくさんあるしお風呂も大きい……けど! やっぱりなんであたしが蒼夜と暮らさなきゃいけないのよ……!」

「美紅、これもお前のためだ。我が赤薔薇家の一人娘として、成長して欲しいのだ」

「だからってこんなことはないでしょう!? もっと違う手が――」

「今回の件、辞退させてもらいます」


 旦那様と美紅が口論をしている中、俺は会話に割り込んでそう宣言した。

 仕事、お金、それも大事だけど、俺か一番に大事にしたいと思えるのは〝人〟だ。だから、美紅の嫌がることはしたくない。


「いくらお嬢様とて、やりたくないことや、だってあるはずです」

「…………は?」

「だから今回の件、私は――」

「はぁあああ〜〜ッ!?!? 何言ってんのよあんたァ――ッ!!」

「!?」


 突然、美紅が怒号を上げた。


「『簡単なこともできない』ですってぇ!? 冗ッ談じゃないわよ! こんなの楽勝よ! ええいいわよ、やっやるわよッ!! 契約書でもなんでも持って来なさいよ〜〜!!」


 あれ? 俺なんかやっちゃいました??

 美紅の逆鱗に触れてしまったのだろうか。


「これで交渉成立……とはいかないのだよ。蒼夜、次に言う質問に、『できる』か『できない』かのどっちかで答えろ」

「っ……。わかりました」


 旦那様が真剣な眼差しを俺に向ける。


「この仕事を任せるに当たって、お前には我が高校――牡丹薔薇学園ぼたんばらがくえんに通ってもらう」

「牡丹薔薇学園……。全国でも名だたる財閥家たちが通う超エリート校……ですね。成る程。ですが、受験はもう終わったのでは?」

「実はまだ枠が空いておる。そして、その高校の第二次受験が今日から三週間後にある。

 エリート校故に、もちろん勉強内容のレベルも高い。だから、たった三週間という日数でのエリート校への受験且つ、美紅の育成という両立……。『できる』か『できない』、どっちだ」


 俺は並大抵のことなら何をやっても上手くいく天才型だ。だが例外が勉強なのだ。

 勉強は普通以上、天才未満と言ったところで、しっかり勉強すれは身につくし、しなかったらなんも身に付かない。

 日本で一位二位を争う超エリート校への受験。落ちる可能性なんて五分五分だ。しかも美紅を育てるということもしなければならない。

 だけど俺は……


「できます」


 はっきりと言い切った。

 できないと最初から決めつけている奴はそこで成長を終える。人間、案外頑張れば何でもできるんだ。


 ――


 それが成長の秘訣だと、俺はこの人生で学んでいる。

 だから俺はここで諦めず、最後の最後まで足掻き続けて受験に挑んでやる。


「くくっ、お前の目は昔から変わらん。いい目だ。よし、いいだろう。問題集や過去問、全てこの赤薔薇家がお前のために用意してやる。全力で取り組め」

「ありがとうございます、旦那様」

「共同生活は明日からにするぞ。荷物の整理など済ませておくように。……言わなくてもわかると思うが、絶・対に娘には手を出すなよ。出した時は……」

「わかっております。絶対に手を出しません」


 さて、帰ったらまず荷物の整理か。と言っても、俺の家に家具とからほぼないしな。

 寝る時はダンボールの敷布団に新聞紙の掛け布団、枕は綿をビニール袋に詰めた物だったりするからな。

 今日の夜はスマホで学園の下調べでもしとくか。


「では、自宅までお送りいたします」

「どうも、ありがとうございます」


 俺の家に凸ってきた黒ずくめの男の人がそう言ってきた。


「ねぇ、蒼夜」

「どうしましたか、お嬢様」

「無理だったら、いいから」

「…………」


 その言葉は、ほんの少し冷気を帯びて聞こえた。

 ……やれやれだ。お嬢様は俺を理解していないようだな。

 俺はやると言ったらやる男だ。幾度となく無理難題を乗り越えてきた俺に、『不可能』という文字は無い。


「ご心配なく。私はやり遂げますよ」

「あっそう。ボルボックスぐらいに期待はしといてあげる」

「お嬢様はマニアックな微生物をチョイスしますね……」

「ボルボックス、可愛でしょ?」

「私はミカヅキモが好きです。三日月型で愛おしいので」


 軽く談笑(?)をした後、俺は自宅まで送り届けられた。


 明日から、俺の新たな人生は始まる。

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