第5話 [不合格。しかし!?]

「…………まじかぁ」


 手に持っている一枚の紙を見て、俺は思わずため息を零す。その紙は赤薔薇家の使用人アルバイトの合否通知なのだが、中央には『不合格』という文字が書かれてあった。


「名前もちゃんと合ってるし、現実を受け止めるしかないかぁ……」


 やれ、と一言発した後、どのバイトに就こうかと考えようとした時だった。


 ――ピーンポーン


「ん、誰だ? 宅配は普段しないから違うはず……。まさか危ない人か……?」


 恐る恐る玄関のドアに近づき、ドアスコープから外を覗いてみる。外にいたのは黒スーツでグラサンをつけた厳つい男二人だった。


「…………。俺は何も見ていない」

「清水蒼夜! いるのはわかっている! 今すぐ出てこい!!」

「うーん……。明日また改めて出直してもらうとすっか。清水蒼夜は普通に去るぜェ……」


 踵を返し、リビングに向かって歩き出す。


「開けろ! でないと――」


 『ドンドンドン!』とドアを叩き、ドアノブをガチャガチャという音が聞こえた途端、ドアが倒れた。バチっと、怪しい男たちと目が合ってしまった。


「あー……。清水蒼夜、これから俺たちと一緒に来てもらう」

「ドアを放ったらかしにしないでください。可哀想です」

「大丈夫だ。このドアは強いから一人でやっていける」

「俺んちのドアのHPはもうゼロですよ」


 なんで怪しい黒服とコントをしているんだ、俺は。


「因みに言うが、これは赤薔薇家当主様からのご命令だ」

「え? 赤薔薇家から? それはないですよ。だってさっき不合格の通知が……」

「そう、お前は不合格だ。だが、だからこそなのだ。取り敢えず来てもらう」


 怪しい。めちゃくちゃ怪しい。こんなのをポンポン信じてついて行く方がおかしいだろう。

 俺は絶対について行かないぞ。


「も〜〜! 二人ともなんで先に行っちゃうのよ〜!!」


 瞬間、柔らかい声が響いてきた。声の主は赤薔薇家の奥様、赤薔薇静様だった。


「お、奥様!? なんで俺の家に……」

「来ちゃった♡ なんちゃって〜」


 甘い声で俺にそう語りかけてくる奥様。


「いきなり来てごめんね〜? でもこの二人だけだったら清水くん絶対来ないと思っちゃって〜」

「まあ……はい。この二人について行くつもりはありませんでしたね」

「だから私が来たって訳。これで信じてもらえるかしら?」

「はい……。ですけどなぜでしょうか?」

「それはあっちに着いたら詳しく話すわ。取り敢えず外に車を待たせてるから、乗ってくれるかしら?」


 奥様なら信じられる。

 俺は適当な服に着替え、外に止めてあった黒色の高級車に乗り込んで豪邸に向かった。

 ……ちなみに、ドアは直してくれるらしい。



###



「さっ、入って入って〜♪」

「はぁ、失礼します」


 何も説明されず、何が何だかわからないまま豪邸の中に誘われ、部屋に入るように催促された。


「む、来たか。清水蒼夜」

「や〜っと来たのね」


 明らかに不機嫌そうな旦那様とお嬢様が、部屋のソファに座っていた。

 睨みつけてくる表情が瓜二つなんだよなぁ。さすが親子だな。


「とりあえず座りたまえ」

「え……は、はい」


 言われた通り、俺も旦那様の向かいにあるソファに座った。


「合否通知がお前の元に届いただろう?」

「はい。……不合格ですよね? なぜ不合格の私がこの場に招待されたのか……」

「ああ。お前は不合格だ。だが、〝使用人採用試験は〟だ」

「……!」


 話が見えてきたな。俺の推測が当たっていれば、使用人としてではなく、別の仕事を担当させていただけるということだろう!


「はぁ……。正直気乗りがしないが、言わせてもらうぞ、清水蒼夜」

「ゴクリ……」


 一体どの仕事を任せられるのだろうか……。

 旦那様が一瞬黙り、焦らされる。唾を飲み込み、鼓動のスピードが上がった心臓の音が耳に響く。


「――

「「…………は?」」


 美紅と声が重なる。

 それもそうだろう。俺が美紅のご主人様になる? ……どういうことだ??


「ちょっとお父様!? どーゆーことなのよォ〜〜ッ!!」

「うぐっ! 胸ぐらを掴んで揺らすなぁぁ!」


 お嬢様、ご乱心。

 俺も頑張って脳をフル回転させているが、いつまでたっても結果が出てこず、頭のてっぺんから煙がではじめた。


「く、詳しい説明をするぞ! ご覧の通り、我が娘は品の欠片もない!」

「はぁ〜? お父様……?」

「ひっ……。そ、そして更に、美紅は生活能力もとい、家事全般が全くできない!!」

「ねぇお父様……爪を剥がされるか、爪と指の間に針刺されるの……。どっちがいい?」


 ボキボキと指を鳴らして旦那様を見下ろすお嬢様。その顔は修羅をも超える恐ろしさだった。


「最後まで説明させてくれ! ……美紅の将来を配慮し、美紅にメイドとしての仕事をさせ、家事能力や品を身につけてもらおうと思ったのだ!」


 あー、成る程。やっと理解が追いついた。しかし、俺なんかでいいのだろうか?

 そう思った俺は、旦那様に質問をする。


「でも、それだったら今働いてもらっているメイドさんたちにしてもらった方がよいのではないですか?」

「今働いているメイドは皆、美紅のことを恐れている。だから教えようにもビクビクして話にならん」

「んー……。では、なぜ俺なんですか? 俺以外にも適任者はいると思うのですが」

「お前は肝っ玉が据わっておるし、家事全般は完璧にこなしておる。昔から礼儀正しい奴だったが、更に成長を感じられた。だからお前が適任だと思った」


 そんなにメイドに怯えられるとは……。美紅、お前いつもどんな態度でメイド達と接してるんだよ。


「私は旦那様からの命令であれば受け入れますが、お嬢様は……」

「あたしが『いいよ』なんて言うとでも思ってるの!? なんであたしが誰かに奉仕なんかしなけりゃいけないのよっ!!」


 だよなぁ。昔から美紅はこういう性格だ。

 〝誰かのために〟なんか今までしたことないからやりたくないんだろう。


「あと、近くの高級マンションの最上階で二人で『共同生活』という形を取ってもらう」

「「はぁあああ!?!?」」

「恐らくだが、この家で美紅にメイドをやらせようものなら、近くのメイドを捕まえてこき使うだろうと思ったからな。

 流石に不安だから、一階下に使用人を住まわすつもりだがな」

「ちょっとお父様! いくらなんでも――」

「取り敢えず。一度そのマンションに下見と行こう。そしたら美紅の気も変わるかも知れん」


 色々と急展開すぎる……。

 旦那様は美紅に怒る隙を与えずに豪邸の外に俺たちを連れ出し、近くの高級マンションとやらに向かった。

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