第2話 [落としきれない物]

「では……始めッ!!」


 早速筆記試験が始まった。

 だが俺の脳内ではさっきの出来事が繰り返し映し出されており、『落ちたらどうしよう』と焦っていた。

 その間、ペンを走らせることは止まることなく、すぐに全て書き終えた。簡単すぎたのだ。

 俺の勉強の実力は普通以上天才以下なので、努力すれば身につくし、しなければ馬鹿だ。だが今回の内容は財閥家間の中の常識的な問題ばかりだったから助かった。


(しっかし、うーん、まじでどうしよう……。あのお嬢様に土下座するか? いや、土下座程度で済まされるのだろうか? うぅ……)


 腕を組み、指を顎に手を当ててそう考えている内に、筆記試験は終了した。

 考え込んでいても仕方ないと思い、周りの話に耳を傾けてみた。


「はぁ〜! なんっだよアレ難しいな!」

「ああ、俺も数問しか解けなかったぜ」

「レベル高いですわね……」

「ギリギリ及第点ってとこかしらねぇ」


 ……いや、簡単だったのだが? あれぐらいは金持ち間ではかなり常識的な問題ばかりだったぞ?


「えー、次は礼儀作法・マナーの試験を行いますので、突き当たりの部屋まで向かってください」


 その突き当たりの部屋では、挨拶と食事だけやるらしい。必要最低限しかやらないらしい。

 俺はラスト一名で応募したので、一番最後だ。俺の前の人がドアから出てきたので、俺の番だ。

 ドアをノックし、中からの返事を待つ。


「どうぞ〜」

「失礼します――」


 まあ、礼儀作法・マナーの試験は実に簡単なものだった。緊張もしなかったし、俺のベストを出し尽くせたと思う。

 試験官の使用人さんからも好印象を植え付けられた気がする。


「次は掃除試験でございます。各部屋を用意してあるので、指定された部屋まで移動してください」


 ほんと、すごい豪邸だ。応募人数全員分の部屋を用意できるくらい、馬鹿でかい家だ。

 俺は指定された部屋に移動し、スタートの合図がされると同時に掃除を始めた。


「さて、と。まずは壁だな」


 掃除をしても、翌日になると埃が落ちていることはあるだろう。まあ知っていると思うが、埃は壁とか天井に張り付いているから、まずは上から掃除をするのが基本だ。

 まあ、床が散らかっていたら先にそっちを片付けるがな。埃を掃除する時面倒になってしまうから。


「ん、こんなものかな」


 散らかっている床を片付けた後、ハタキで全ての壁をパタパタして掃除機をかけワイパーで床を拭いて終了。


「この部屋の方終わりましたか〜? って、あの時の男の娘さん!」

「ん? あ、失礼メイドさん」

「誰が失礼メイドですかっ!」


 俺の部屋に入ってきたのは、俺をこのアルバイト試験に誘ったミルクティー色の髪をしたメイドさんだった。

 右胸あたりの名札に名前があった。彼女の名前は――小林こばやし九里くりだった。


「って、す、すごいですね! この部屋をこんなに綺麗にできるとは……」

「お褒めにあずかり光栄です」

「!? ……なんか、アレですね」

「アレとは?」

「いや、キャラちげぇって」

「試験だからちゃんとしてるんですよ……」


 流石に試験でもいつもの態度のやつなんかいないだろ。本当にポンコツだな、コイツ。


「まあ大丈夫です。えー、ではこの部屋の採点をさせてもらいます。ジャラララ〜ジャンっ! 満点で〜〜す!!」


 そんな簡単に決めていいのだろうか? もっと細かく採点とかをした方がいいんじゃないかと思うんだが……。


「こう見えても僕、掃除だけはものすご〜く得意なんです! あなたも私と同じタイプの人間ですねッ!」

「さいですか」

「なんか興味なさげですね」

「そんなことないですよ」


 興味ないです。すみません。


「さて、最後は戦闘試験ですね。けど気をつけてくださいね……!」

「何をです?」

「戦闘試験の試験官、その人はお嬢様専属のメイドさんなんですけど、すご〜くおっかない人なんです! 彼女――多々良たたら百合ゆりちゃんって名前です!!」

「そんなに危険なんですか?」

「それはもうすごいですよ! 僕がすご〜いミスをしゅご〜っとしちゃったらどぎゃー! って怒ってきましたよ!!」


 擬音が多いな。ま、その人が物凄くおっかない人物だということは伝わってきたな。

 ……少し、血が騒ぐな。


「えーと、じゃた蒼夜さん。あなたは最後の5グループです。六人一グループなので、一緒に行ってくださいね。ご武運を!」

「ありがとうございます」

「もし合格したら一緒にメイド服着ましょ〜!」

「着・ま・せ・ん!!」

「ちぇ〜」


 待っていた俺以外の五人と集合し、屋敷の敷地内にある武道場まで向かう。行く最中、ボロボロになっていた他の応募者たちとすれ違った。


(全員ボロボロだが、急所は外していて、その後の面接にも支障がない程だな。相当の実力者か)


 俺は普通に武道場に入ったが、他の五人は意を決した様子でそこに入った。


「む、来ましたか」


 中には、紫色のポニーテールで、紫水晶アメシストのように美しい色の目を持った人がいた。

 この人が多々良という人だろう。只ならぬ気配オーラを感じる。


「全員、間隔を取りなさい」


 突然そう言われ、皆困惑していたが、理解してすぐにそれぞれ間隔をとった。


「ッ!」


 間隔をとった瞬間、俺の方へ一直線で走りだし、俺の頭に向かって蹴りを繰り出してきた。

 俺も応戦し、相手の蹴りを自分の足で受け止める。ガンッ! と鈍い音が鳴ると同時に、互いの髪は風圧で乱れる。

 周りは何が起きたかわかっていないみたいだ。


「なっ、何が起きたんだ!?」

「何も見えなかったわ……」

「俺でなきゃ見逃しちゃうね」

「ひぇぇ!!」

「あ、ありのまま今起こったことを話……せないぜッ!」


 多々良という人は眉間にしわを寄せて、俺を睨みつけていた。


「あなた……何者ですか!」

「初めまして、私の名前は清水蒼夜です。よろしくお願い致します」

「違う! あなたからは落としても落としきれない――〝血の匂い〟がします!!」


 少し、眉間にしわを寄せる。


「…………」


 ……落としきれない物、か。

 自覚はもちろんある。あの時からずっと染み付いているのだ。俺の銀の髪色に似合わない、が。

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