第1話 [アルバイト応募]
「…………金を、稼がないとな」
もうすぐで俺こと清水蒼夜は中学を卒業してしまう。親は俺が物心つく前に死去、貧乏なアパート暮らし、アルバイト詰めの毎日。
特に将来の夢もないし、高校に行くメリットは俺にとってはあまりない。だからバイトをして生き抜くつもりだ。
「しっかし、どうすっかなぁ」
寒空を仰ぎ、白い息を吐きながらボソリと呟いた。
数え切れないほどのバイトをしてきて、生き抜くために金を稼いできたが、俺が有能だとわかった瞬間利用しようとしてくる。
なるべくホワイトで金が稼げるバイト先が良い。
「あ、あの! そこのカッコいい女の子さん!」
「ん? 俺、男ですけど……」
「んえぇッ!? にしては可愛い顔ですねぇ」
「……なんなんですかあなた」
藪から棒に誰かが話しかけてきたと思ったら、不躾なことを口走ってくる女性がいた。その人はミルクティー色でミディアムの髪型をし、メイド服を着た女性だった。
一体なんなんだコイツ。
「で、要件はなんなんですか」
「あの、赤薔薇家というすごーいお金持ちの家を知っていますか?」
「! ……まあ、知ってますよ。総資産額が400兆ぐらいある財閥家ですよね?」
「そうですそうです!」
……実は昔、俺はそこで働いていた。と言っても、その時はまだ小さかったからお手伝いという感じだったな。
その赤薔薇家がどうしたのだろうか。
「実は今度、赤薔薇家の使用人さんのアルバイトを募集するんです! 応募規定数があと一人なんですが、ぜひ応募してくれませんか!?」
「なんで俺なんですか? 有名な家なんですし、応募数もすごいんじゃないですか?」
「それはそうなんですが……。あの、とても言いにくいんですけど……」
「いや、まあ構いませんよ」
もじもじとしているメイドさん。果たしてどんなことを言うのだろうか。
「ひ、ひと目見て思ったんです! 『この子、絶対メイド服似合うな〜』って!!」
「…………。男なんですが」
「ううう、ごめんなさいごめんなさい!」
こんな理由で誘われたのはアレだが、特段バイト先を決めていなかったし、応募するだけしてもいいかもしれない。
だって名だたる財閥家のアルバイトだろ? 給料が高そうじゃないか……!
「ま、別に応募するだけしてみてもいいですよ」
「メイド服を着てくれるんですかっ!?」
「着ませんよそんなの! 着るなら男用のやつです!!」
「あぁ……。そうですか……。はぁ」
「あからさまに落ち込まないでくださいよ。そして溜め息も吐かないでください」
やれやれだ。
「では、ここにお名前や住所、電話番号などなどをお書きください!」
「…………本当に赤薔薇家の使用人の応募ですよね?」
「? そうですよ? 何故ですか??」
「いや、改めて思い返して見ると、結構怪しいなと」
「そんなっ! 僕は正真正銘、赤薔薇家の使用人です! ほら、この応募用紙の下に赤薔薇家しかもってない薔薇柄の判子も押してあるじゃないですかッ!! それに電話番号とか住所もちゃんと同じですっ!!」
「あー、ほんとだ」
怪しい勧誘とかではなかったからよかった。もう泥に入るのは懲り懲りだしな。
俺はその紙にサラサラとペンを走らせて応募を済ませる。こんな簡単に応募できていいのだろうかと思うが、気にしないことにした。
「はい、応募いただきありがとうございます! 試験はちなみに四日後なのですが、大丈夫でしょうか?」
「四日後……。早いですね」
「いや〜、うっかり応募規定まで人を集めるの忘れてたんですよねぇ」
「あなたさてはポンコツですね?」
「うぇぇ!? そんな……お嬢様と同じこと言わました……」
この人と会話したら十人中十一人はポンコツだとわかるだろう。
「試験の日、正装の貸し出しもあるのですが……もしよかったらメイド服――」
「絶ッッ対、着ません!!」
最後まで抜け目ない奴め。確かにメイド喫茶で一回性別誤魔化して働いたことあるが、写真を撮られまくってトラウマなんだよ……。
女装はもうしたくない。
「じゃ、俺はこれで」
「ありがとうございましたー!」
試験と言っても、所々で財閥家で働いていて礼儀作法も弁えてるし、大丈夫だろう。
そのまま俺は、ボロアパートに向かって帰路を辿った。
###
――試験当日。
俺は赤薔薇家の超でかい豪邸の一室にいる。試験の内容は、筆記試験、実技試験(諸々)、面接だそうだ。
実技試験の諸々とは、礼儀作法や掃除、あと戦闘試験もするらしい。戦闘試験は、この赤薔薇家が金持ちだから、裏社会の奴らから身を守るためだとかそういう感じだろうな。
「トイレに行きたいな……。あ、すいません」
「はい」
近くにいたメイドさんに声をかけ、トイレの場所を教えてもらった。そしてこの部屋を出て、トイレの場所に向かう。
相当広いが、迷うことなくトイレに到着。そのままトイレを済ませ、部屋に帰っている。
「ふぅ、この屋敷も来るの久々だな。……変わらないもんだ」
旦那様や奥様は元気だろうか? ……そういえば、俺と同い年ぐらいの子もいたなぁ。あのメイドが言ってたお嬢様ってアイツのことだったのか?
――ガチャリ
「ん?」
突然、俺が通り過ぎようとした扉が開いた。そして、
「ちょっとアンタ! あたしの部屋散らかっちゃったから掃除しなさいよ!」
「んぇ?」
扉から出てきたのは赤髪のハーフアップをして、翡翠色の目をした美少女であった。
その美少女に手を引かれ、部屋の中に入る。そこは、少しぼかして言ったら生活力のない部屋。はっきり言えば、汚部屋だった。
「あの……」
「? 何よ、早く掃除しなさいよ。ってあれ? あなたの顔、もしかしてあの時の……」
「あの、言いにくいことなのですが……。試験を受けにきた者なので、まだ使用人ではないんです……」
正装を着ていたから間違えてしまったのだろう。
「え……? う、そ……。み、見られた……あたしの部屋……っ!」
彼女は、顔から火が吹き出そうなほど顔を真っ赤にしている。
う〜〜ん。非常にまずい。多分、いや、絶対お嬢様だよな? 試験を受ける前に落とされてしまうのでは……!?
「ば、バカァ――ッ!!」
部屋から追い出され、扉を勢いよく閉め、鍵をガチャリとかけられた。
「や、やばい……」
まじで試験落とされるかもしれない……。どうしよう?
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