5限目 入院代、世話なったな。

 結局さ、休み時間とか暇だからずっとスマホ見てた。ぐすん。

 

 魔法使いのこととかも調べたよ。

 なんか、変な名前のヤツばっかりだけど。

 

 やっぱり、俺だけが、魔法使えるってウソじゃねーのか?

 ウジャウジャいるじゃん。

 

 なんてうちに――、

 

 すべての授業が終わり、帰り支度をしていた。

 ともかく、今日こそガバ屋に行かねぇと、ヤバい気がする。

 

 あそこの大将は、小指が無いんだ。

 ワニに食われたなんて言ってたけど、ウソに決まってる。

 

「あ、唐沢くん」

 

 アンジェ先生が、カツカツと音をさせて入って来た。

 教室にいた男どもが、途端にエロい目付きになったぞ。

 まあ、俺もだけど。

 

「このあと、時間ありますか?」

 

 ねぇよ。

 

「……なんで?」

 

 ねぇけど、理由は聞いておこう。

 

「ちょっと、ここではネ」

 

 少し声をひそめた。

 アンジェ先生と内緒話みたいで、なんか選ばれし者感があるな。ふふん。

 

 見たか、お前ら。

 たった二日で、担任教師のお気に入りに成り上がったぞ。

 さあ媚びろ。這いつくばれ。そして仲良くしてくれ。スポッチャとか行ってみてぇんだ。

 

「魔法のことか?」

 

 そう言うと、アンジェ先生が必死になって指を唇に当てた。

 

 シーッ!

 

 謎の研究機関リスクがあったの忘れてた。

 今さら遅いけど、ワザとらしく咳払いとかしてみよう。

 

 コホンコホン。

 

「魔法瓶な。魔法じゃなくて、魔法瓶だ。魔法なんかじゃねぇから」

 

 全員に周知すべく、真剣な目で教室を見回した。

 帰り支度をしながら、俺たちの会話に聞き耳を立てていた連中が、そそくさと顔を逸らす。

 よし、カンペキ!

 

「それな、魔法瓶の練習、矯正だっけ?今日は無理だわ」

「なななななんことかしら?らららら~♪みなさん、ごきげんよう~ららら」

 

 アンジェ先生が、鼻歌混じりに教室を出て行く。

 なんだ、アレ?

 超絶美人でセクシーだが、奇妙なヤツだよな。

 

 それより、ガバ屋だ。

 

 歩き出そうとした俺の手を、ギュッと握り離さないヤツがいた。

 トモダチげっと~♪

 

 振り返る。

 

「テメェ……」

 

 呪いのポニーテイルメガネだった。

 ボッチよりはいいかと思ったが、俺のトモかるぅく野郎――軽部を殺そうとするヤツはダメだ。

 つーか、テメェを殺すぞ。

 

「お待ち、アガシオン」

 

 そこで、またもセンサーが働いたのよ。

 俺ちゃんは、人さまの悪意に晒されて生きて来たから超敏感。

 

 ポニーテイルメガネは、この意味不明なあだ名をクラスで浸透させて、俺を貶めようとしているわけなのだよ。

 

 例えば、便所虫ってあだ名になったら、みんなはどうする?

 泣く?怒る?言いつける?

 

 全部不正解よ。

 人生で勝ち得た知識を披露するね。

 

「なんだよ、ジャンヌ・ダルク」

 

 これ!

 もっと変なあだ名を相手につけちゃう。

 便所虫って言わたら、便所屑虫とか、便所害虫とか。

 

 さっき見てた魔女一覧ページにあったんだよね。

 変な名前だよ。ダルクだぜ?

 いや、苗字か。

 

「……俺はな、忙しいんだよ」

 

 手を離せよ。

 ブルブルと腕を振るった。

 

 なのに、さっきより強く握り始めたぞ。

 骨でも折ろうって魂胆かな。

 二年間寝たきりだったとはいえ、こちとら男の子だよ。

 

 ほら、簡単に……ぬ、ぬ、抜けねぇ!!

 

 怪力過ぎる。

 レスラーじゃねーのか。

 こんな、ちっこくて、フニャフニャした手のどこにそんなパワーが!

 

「わ、私の前世を……アガシオン……あ、あなた……やっぱり」

 

 あ?

 

「うぅ……とうとう……ああアガシオーーン!」

 

 ひしっ。

 

 抱きしめ合う俺たち。

 いや、抱きしめられる俺……か。

 

 教室にいるヤツら全員が、もう帰り支度なんてやめてガン見してくれてます。

 もう、明日からの運命決まっちゃいました~。

 

 アガシオン✕ジャンヌ・ダルクのスーパーカップルが誕生だあああ。

 

「お、おい」

「ううぅぅぅ」

 

 俺の胸に顔を埋めて泣いてやがる……。

 なんと迷惑な。

 とはいえ、生来の優しさと、ポニーテイルメガネへの恐怖心から引きはがすこともできねぇ。

 

「わ、私のアガシ――」

 

 ポニーテイルメガネが顔を上げる。

 なんだかメガネがずれて、前髪がふわさぁっと――、

 

 ハンギャッ!!

 

 超絶美少女なんですけどおおおお。

 こ、こんな古典あるの?あっていいの?

 

「――オン」

 

 ひしっ。

 

 だが、俺の意思は固い。

 超絶美少女とはいえ、俺のトモを殺そうとする女。

 

 彼女の腕をそっと離そうと――むぎいいいい!

 怪力なの忘れてたぜ。

 

 どうするのよ。ガバ屋に早く行かないと。

 

「じゃ、じゃんぬ」

「……なに?」

 

 ウットリしてやがる。

 

「ちょっと、今日は予定があるんだ」

 

 優しくな。やさし~く。ソフトに語るんだ。

 

「……だから、その、離してくんねーか」

「あぅ、ゴメンなさい。アガシオン」

 

 ようやくポニーテイルメガネが俺から離れてくれた。

 ササッと、ずれたメガネと前髪を整える。

 

 それ、ヤメタ方がいいんじゃねぇか?

 

「じゃ、行くわ」

「……うん。明日ね」

「お、おぅ」

 

 何だ、このキュンキュンな雰囲気は。

 

「それとね、アガシオン」

 

 逃げるように教室を出ようとする俺にお声がかかる。

 

「新月までに……お願い。事前の伝言も忘れてはダメ。うふふふ」

 

 ◇

 

 ――ガバ屋。

 

 こんな小汚い店で、飲み食いするヤツの気がしれん。

 変なシミの入った引き戸を開けて、オープン前の店内に入った。

 

 テーブル席ふたつと、カウンターに十人くらい座れる。

 ハッキリ言ってバイトなんていらんだろ。

 

 たぶん、ストレス発散でイジメるために雇う気じゃねーかと思ってる。

 

 大将は薄暗い店内で、競馬エイトをおっぴろげていた。

 アホだわ、こいつも。

 

「おせーぞ。五郎」

「早いだろうが」

 

 時刻は17時少し前。

 来るように言われてたのは、17時ピッタリだ。

 

「俺がおせーって言ったら、おせーんだよ」」

 

 そう言って、タバコをプカリと吹かす。

 

「クソが!……で、何からすりゃいいんだよ」

 

 テーブルにポンとあった前掛けを着ける。

 GABA屋って書いてあるから、これが仕事着なんだろう。

 

「便所掃除。終わったら手洗って、テーブルとカウンターを拭け。終わったら手洗って、グラスをピカピカにしろ」

 

 言われなくても、手ぐらい洗うわ!

 

「わーった」

 

 そんな感じでお仕事開始です。

 あ、そうそう肝心なことを言い忘れてた。

 

「おい」

 

 便所から顔を出す。

 大将は、競馬エイトに夢中で振り向きもしない。

 まあ、いいや。

 

「入院代、世話なったな」

 

 何も言わずに、小指のねぇ手を上げて振る。

 脅してやがるのか?

 

「チッ。サクッと返してやんよ」

 

 とはいえ、ダンジョンで稼げる目途が立つまでは、このバイトは続けるしかない。

 時給も聞いてないけどな……。

 大丈夫なんだろうな、このバイト。

 

 愚痴を言っても始まらないので、とりあえず便所をキレイにしまくった。

 

 そうして――、

 

 ガバ屋、開店!

 さっそく、ダメそうなオッサンふたり組のご来店だ。

 

「あれ、若いの入れたんだな」

「高校生みたいじゃねーか」

 

 うっせーな。おめーらは黙って酒飲んでりゃいいんだよ。

 俺はというと、狭いカウンターの中で、グラスを布巾でピカピカにしている最中だ。

 

 けど、すぐに興味を無くして、ツマミもそこそこにガバガバと飲みだした。

 

 しっかし、コイツら何の仕事してんだろうな。

 スーツでも、作業着でもない。

 

 妙にツルツルなタイツみたいな服だ。

 そのせいで、太鼓みたいな腹が目立つ。

 ヘンタイか?そんな仕事ねーか。

 

「あそこのダンジョンは厳しいわ」

「人が多くていいんだけどな~」

「初級でも、例のスキル持ちが、ウジャウジャいるようになったからなぁ」

「もう俺ら無理かも……」

 

 おいおい、このパッとしないオッサンふたり。

 ダンジョンに詳しいようだぞ。

 なんか、あんなところ行くのは、もっとスゴそうな連中かと思ってたけど……。

 

「にーちゃん、ビールもう一本」

 

 大将は調理場にいる。

 俺は言われた通り酒を出すだけだ。

 

 キリンの中ビンをシュポッと開けて、オッサンたちの前に置く。

 

「ダンジョン行ってんの?」

 

 タメ口にイラついたかもしんねーけど許してくれ。体質でな。

 

「興味あんのか?」

「まあな」

 

 超あります。

 

「ライセンスは?」

「ねーよ」

「じゃ、取れよ」

「どーすんりゃ、いいんだ?」

 

 これって、アンジェ先生に聞いた方が良かったかな。

 

「初級ならカンタンだ。一日だけ講習受けて、登録料の――」

 

 激簡単。すぐダンジョン行って稼げそうだぞ!

 俺もうバイト辞めるわ、と言おうと思い、前掛けを取ったところで――、

 

「20万円を払えば登録完了だ」

 

 ――静かに前掛けをつけた。

 

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