4限目 貴様の命は新月まで。怯えて眠れ。

 寝たらスッキリ。

 若さって、サイコー!

 

 下着が同じってのはイヤだったので、近所のコンビニで買って着替えた。

 俺だって、それぐらいの金はあるんだよ。

 

 朝食はクロワッサンではなく、ご飯、味噌汁、目玉焼き、納豆。

 エルフ族ってのを良く分かってないけど、こういう朝食で美味いのかな?

 

 アンジェ先生は美味そうにしてるけど……。

 

 今日はクルマで学校まで送ってもらえる。

 助手席に座ると、昨日の恐怖が一瞬蘇るが、普段はきっと大丈夫だ。

 

 アンジェ先生は、何だか良い匂いをさせて運転席に乗り込む。

 朝から美しすぎるぜ。

 

 ともかく、俺は魔法ってのが使えることが分かった。

 ただ、アンジェ先生によると、当分の間は内緒にした方が良いらしい。

 

「目覚めの初例なうえ魔法までとなると、謎な研究機関に連れて行かれるかもしれません」

「……ふざけんなよ」

 

 もちろんアンジェ先生はふざけてない。

 俺も、何だかそんな気がする。

 

 クルマが静かに走り出す。

 ほッ……。

 

「でね、キミとどうしてもダンジョンに行きたいの」

 

 そんな目で見つめないでくれ。

 何でもOKしてしまいそうだ。

 いや、運転中なので、前を向いてくれ。

 

「ダンジョンって儲かるのか?」

 

 ガバ屋の借金を返したい。

 かるぅく野郎みたいに音速で10万円を稼ぎたい。

 

「儲かります」

 

 ダンジョン稼業。

 お宝なり希少鉱石なりをゲットして売りさばく。

 命の危険はあるが、それなりの見返りもある。

 

「ただ、今後は厳しいでしょう」

 

 人類は魔法が使えない。

 そのため、制覇できるフロアに限りがあるそうだ。

 得られるお宝の価値も、みんなが行けば行くほど下がっていく。

 

「魔法無しでは、どうしても進めない場所があるんです」

「エルフ族は?」

「彼らは、もうダンジョンへは行きません」

 

 コリゴリしてるのかも。

 え、じゃあ、アンジェ先生は……?

 

「私は……まあ、ちょっと忘れ物があるのです」

「そうか」

「ええ。だから、どうしても助けてほしい……です」

 

 俺だって金が必要だ。

 

「昨日は嬉し過ぎて、無茶しちゃいましたけど」

 

 無茶すぎでしたぁ。

 

「キミと頑張っていきたいです」

 

 よし、頑張るぞ★

 

「べ、別に……いいけどよ……金いるし」

「わぁ、やった」

 

 ハンドルから手を離して手を叩く。ぱちぱち。

 ま、待て、アブねぇ。

 

「じゃ、矯正してきましょうね!」

 

 出会って二日目。

 俺は、この人にも、矯正とやらが必要な気がしていた。

 

 ◇

 

 ――教室。

 

 俺にとっての地獄。

 全ボッチにとっての地獄。

 

 昼休み、メシを食う相手がいねぇ。

 

 誰も寄ってこない。

 かるぅく野郎に、ダンジョンのこととか教えて欲しいなぁ。

 

 何て言えば良いのかな。

 

 ――やあ、俺は五郎。

 ――かるぅく野郎の名前教えてよ。

 ――あとダンジョンのことなんだけど……、

 

「おい」

 

 空耳かな。

 誰かから話しかけられたゾ?

 

 マッチ売りの少女が、最後に見た幻で泣いたガキの頃を思い出す。

 あんなオチを思いつくヤツは悪党だろ。

 

「おいって」

「あ?」

「……う」

 

 ヤバい。

 アンデルセンへの憎悪が、俺の返答にトゲトゲしさを与えてしまった。

 

 ぎゃひー。

 

 しかも声をかけてくれたのは、トモダチになりたい人ナンバーワンの、かるぅく野郎じゃないか!

 

「なんか用か?」

 

 らめぇ、もっと優しくよ~。

 笑顔、ファイト!

 

「早く、言えよ」

 

 笑えた。ボク笑って言えた!

 人類に共通する友好の証し――それは笑顔。

 

「こ、怖くなんか、ななないんだぞ。そそそんな凶悪な笑みでボクを――た、探索者をなめてもらっては……」

 

 それ、それが聞きたいのよぉ!

 ボクは、マネーが必要なんです。

 

「そうか」

 

 俺は席を立った。

 そのまま、かるぅく野郎の肩に手を置いた。

 いつの間にか、教室が静まり返っている。

 

 ふたりの友情の始まりを、お前らに見せてやるよ。

 

「ちょっと顔貸せよ」

 

 仲良く、昼休みに中庭でも行こう!

 色々と語り合うんだ。

 ダンジョンだけじゃなくて、将来のこととか。

 

「いいよな?」

 

 真っすぐに、ただひたすらにトモとなる男、かるぅく野郎を見つめた。

 

 あれ……何だか顔色が悪く見える。

 風邪だったら心配だな。トモダチだし。

 

「えと、ちょっと、用が出来ちゃったみたい。わはわはわは~」

 

 それだけ言うと、サササと足を高速回転させて教室を出て行った。

 アイツは脚も早いんだなぁ。

 俺もソコソコ自信あるんだけど、今度競争してみよう。

 

 ま、用が出来たなら仕方無いな。

 ひとりぼっちに戻ったけど、席に座ってノー温めなコンビニ弁当でも食うか。

 

「いい気味……」

 

 すんごい小声。

 

 だが、割り箸を持ったところで、俺の地獄耳に届いた。

 つーか、前の席に座っているヤツだからな。そら聞こえるか。

 

 それにしても――、

 

 なんなのだ、この悪意は!

 俺がボッチになったことを喜んでいるッ!

 

 寂しくコンビニ弁当を食う男であることを嘲笑っている可能性もある。

 それがイヤで、毎日早きをして、自分でお弁当を作って生きてきたのだ!

 今日は、アンジェ先生の家に泊ったから無理だったが……。

 

 涙ぐましい俺の努力も知らずに――、

 

「うふふふ」

 

 おまけに、不気味な笑い声だ。

 ここまでのイツザイはなかなかいないだろう。

 怖くなってきたところで、前のヤツが突然こちらを振り返った。

 

 メ、メガネ!

 

 圧倒的なメガネ。

 メガネの存在感がスゴイ。

 

 後ろから見ていて、いつか引っ張ろうと思っていたポニーテイル。

 その正体は、不気味なメガネっ娘だったのかああ。

 

「な、なんだよ」

 

 ビビる俺。

 

「……スッキリした」

「はぁ?」

 

 この野郎、ひとりでスッキリしやがって。

 

「出よ……」

 

 不気味なメガネっ娘が、弁当箱を抱えている。

 俺もまだコンビニ弁当を食べていない。

 

 つ、つまり、これはッ!

 

 ららららランチに誘われているううう!

 Yeeeeeeees, so lucky day!!!

 

 この際、不気味でも何でもいいだろう。

 ボッチが回避できるならば、贅沢など言っていられない。

 人はひとりでは生きていけないのです。キリッ。

 

 それにトモダチになれれば、授業中ひまな時にポニーテイルを引っ張らせてくれるかもしれない。

 気になるんだ。後ろから見ていると!

 

「わ、分かった」

「うん」

 

 何だか、お互いぎこちない感じで、弁当を包んで教室を出る。

 どうも出るときに、あちこちでヒソヒソ話が繰り広げられていた気もするが……。

 

 ま、いっか。

 

「どこ行くんだよ」

「うふふ……」

 

 ま、いっか。

 

 ◇

 

 楽しいな。

 ちょっと薄暗い場所だけど、トモダチとふたりでランチ。

 

 彼女の名前はポニーテイルメガネ。

 新しく出来た俺のトモダチなんだよ。

 

 場所は――、

 

「おいコラ」

「なに……」

 

 仕方がないから弁当は食った。腹も減ってたしな。

 

「なんだ、ここは」

 

 一階に降りて部室棟へ。

 どの部室かなと思えば、建物の裏手に入った。

 

 小さな雑木林並みには木が植えられている。

 その中に、チョコンとプレハブ小屋があったのだ。

 こんな場所があるとは知らなかったし、雰囲気がもう不気味。

 

 小屋に死体の山があってもオカシクない感じ。

 

 ところが、ポニーテイルメガネはスタスタと入っていく。

 こんな変なところで、ひとりにされても怖いから俺も入る。

 ホント、お化け屋敷とかダメなんだよな。

 

「呪い部屋……」

 

 だわあああ。

 やっぱり。

 入った時からそんな気がしてましたッ!

 

 薄暗くジメジメとした小部屋は、怪しいグッズだらけだった。

 逆さ十字架、釘とワラ人形セット、スカル、変なお面、数珠多数……。

 日差しが入らないのに、照明はロウソクのみ。

 

 今、気が付いたが、床にあるこの絵って……五芒星とかいうヤツでは……。

 

 ひぃぃ、怖いっ。

 

「おお俺を呪う気か?」

「……ううん」

 

 ポニーテイルメガネが首を横に振った。

 これ、人類に共通するNoのサインだよな?

 良かった、ほッ。

 

 しかし、じゃあ何だってここへ連れて来たんだろ。

 

「ここなら、人の姿でいる必要ない……」

 

 はい?

 

「分かるの、その目付きで……使い魔アガシオン……神に呪われし真の姿に戻りなさい。うふふふふ」

 

 戻れと言われてもだな。

 

 何だろう、100%意思が通じ合ってない、このやり取り。

 でも、完全否定するのも危ない予感がするのだ。

 

「ちょ、ちょっと体調不良で……」

 

 そう言うと、ポニーテイルメガネは、ガガーンという表情を一瞬見せた。

 

「まあいい……ようやく使命を果たしに来たのだから」

 

 まずはガバ屋に行って働く。それが使命だ!

 ダンジョンで稼ぐ道は遠そうだからな。

 

「……憎きあやつをいたぶり追い込み追い詰め……うふふふ……永久の眠りへと」

 

 とんでもメガネと前髪のせいで、その瞳は見えないが、いっちゃったヤツの目付きになってるはずだ。

 競馬中継を見てる時のオヤジと同じ。

 

 つまりは、ヤベー野郎なのだ。

 

 ささ、メシも食ったし、ボクちゃんは明るい教室に帰ろうっと。

 かるぅく野郎の用事も終わったかもしれないしネ!

 

「軽部一郎、きゃつを地獄へと誘うのよッ!」

 

 きゃ、きゃつ、彼奴!

 

「だ、誰だ、それは?」

 

 尋ねると、ポニーテイルメガネが、ほぇ?という表情を浮かべる。

 俺も会話上の礼儀として聞いただけなんだけども。

 

「いや、ほら、さっき敵対してたでしょ?」

 

 なぜか、ポニーテイルメガネの口調が普通になった。

 こっちの方が安心できますけど!

 

「ん……何のことだ?」

 

 俺は小心者なので、誰かと敵対するなど考えたことも無い。

 

 つーか、みんなに好かれたい。愛されたい。ナデナデされたい。

 出来れば人気者になりたいが、そこまで贅沢を言ってはバチが当たるだろう。

 

「雰囲気イケメンで、前髪触るクセがあって、エラソーで、小悪党で、父親が市会議員で、初級ライセンスが自慢で、かるぅくが口癖の――」

「え?」

 

 な、なに!

 俺のトモダチを、永久に眠らせようとしているのかッ。

 許せん女だな。だが、怖い。

 

「ま、まあいいわ。人間界に来たばかりで疲れているのかも……」

 

 何だか許してくれたぞ。良かった。

 

「アガシオン」

「唐沢……唐沢五郎」

「アガシオン」

「……んだよ」

 

 だって、怖いんだモン。

 

「最初の指令よ。きゃつに、この言葉を……」

 

 ポニーテイルメガネが、そのピンク色の唇で薄っすらと微笑む。

 

「貴様の命は新月まで。怯えて眠れ」

 

 うふふふふふ。

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