3限目 腕を前に出して掌を広げて……ピ―スはしないで。

「テメェ、死ぬかと思った……」

 

 クルマを降りて、まずは敷地の隅でゲロを吐いた。

 お食事中のみなさま~!

 私、ゲロを吐いておりますッ!

 

「酔い止めを飲んでおけば良かったですね」

 

 それで、どうにかなるレベルを超えていたけどな。

 そもそもだ――、

 

「ここは、家じゃねぇ」

 

 なんで、ボクちゃんじゃないんだろう。

 夜のドレイ労働に備えて睡眠を取る必要があるのだが……。

 

「家に送るなんて言ってません」

 

 確かに言ってねぇな。

 つうか、ここはどこだ?

 俺は辺りを見回した。

 

 山の中にある廃病院に見える。

 ニコニコ病院というふざけた名前だ。

 何だって、こんな場所に病院を作ったんだろうか。

 

「ここに来たかった」

 

 そう言って、アンジェ先生が微笑む。

 

 あまりに美しい……そして怖い。

 同じ人間とは思えない。

 人外の美しさ。いや、エルフ族って人間じゃないんだっけ?

 

 ただ、もう全部分かった。

 

 俺をここで殺す気なんだ。

 道理で、朝から当たりがキツイとは思った。

 

 殺人の動機だけは見当もつかない。

 オヤジがどこかで恨みを買って、その煽りなのかもしれない。

 だとしたら、どちらかには化けて出てやろう。

 

「ここに、ダンジョンがあるんです」

 

 ほえ?

 

「日本政府の管理下に無いダンジョン――いわゆる野良ダンジョンですね」

 

 アンジェ先生は「ひ・み・つ」という感じで、人差し指を唇に当てた。

 分かりました。死んでも話しませんッ!

 

 だが、こんなダンジョンに俺を連れて来て、どうするつもりだろうか。

 殺されるという予感が的中しそうな気がして仕方が無い。

 

「お、俺を、どうする気だ?」

 

 このシチュエーションで、言葉が震えるのも無理ないよな。

 

「私とダンジョンに行きましょう。そしてフロアボスを倒します」

 

 眩暈がする。

 

「どうしても、私単独では倒せない相手です」

 

 あのう、そういうお話ならば、他の方と行って頂けないでしょうか。

 初級ダンジョンに行ったとかいう、かるぅく野郎の方がマシなはずだ。

 

「……スキルとは残酷なシステム」

 

 そう言って、アンジェ先生が唇を噛んだ。

 

「あらゆる才能がそうなのかもしれないけど……」

 

 天才とかそういうことだろうか。

 ならば、俺には何の才能も無い。

 

 しいて言うならば、生命力的なモノはありそうな気がする。

 何とかという奇病から目覚めたわけだし……。

 

「私はエルフでありながら、魔法が苦手です……というより【開示】しか使えない」

 

 そうですか。

 というか、それが普通だと思うんですけど。

 

 ――んなこと深刻に言われてもなぁ。

 

「けど……あなたは違う」

 

 ここから戻って、ガバ屋の開店に間に合うのだろうか。

 

「人類には発芽しないと言われていたけれど……」

 

 ビクン。

 アンジェ先生が俺の肩を掴んだのだ。

 もう、驚かせないで。小心者なんだから。

 

「あなたのスキルは【魔術・極】」

 

 き、極み!

 極まったああああ!

 

「魔法が使える、初の人類ということになる」

 

 初めて目覚めた男にして、初めて魔法が使える男。

 スゴイ気もするが、魔法って……。

 

 やっぱ、インチキくせーな。

 スキルとかダンジョンとか魔法とかなんとか。

 

「何をキョロキョロしているんですか?」

「どっかに、カメラがあるはずだ」

 

 もうね、分かっちゃった。

 これ、シロウトドッキリだわ。

 Youtubeかテレビか知らんけど。

 

 オメェらのチャリンに貢献する気は無いのよ。

 なんか、予算かけた壮大なドッキリでしょ。

 

 もう早くガバ屋に行かねぇと。借金が増額される恐れがある。

 

「ちょっと、私が言う通りにしてみてくださいッ」

「……やったら帰れんのかよ?」

「それでも帰りたければ、帰ったらいいでしょう」

 

 少しばかり挑発的な視線だった。

 いや、ずっとそんな感じだな。アンジェ先生は。

 

 分かった、と俺は頷く。

 言われた通りやる。そして帰る。ガバ屋に行く。働く。寝る。いつか死ぬ。

 

「腕を前に出して掌を広げて……ちょ、ちょっと、ピ―スはしないでください」

 

 山奥の廃病院の敷地で、ひとりアホみたいなポーズを取った。

 病院の建物を向いてるから、中にカメラがあるのかな?

 

 しかし、この映像が、Youtubeで流れたら地獄だな。

 ボッチ道に、色々とオンされしまいそうだ。

 

「火吹き山の大精霊よ」

「ひふきやまのだいせいれいよ」

 

 ひふきやま?

 

「我に力を与え給え」

「われにちからをあたえたまえ」

 

 玉枝ってなんだよ。玉枝って。

 

「焼き尽くせ」

「やきつくせ」

 

 アンジェ先生が息を吸った。

 俺も吸った。

 

「我が敵をッ!」

「わがてきを~」

 

 ――刹那。

 

 俺の脳天から何かが入り込み、身体中を駆け巡って、大事なモノをすべてかっさらい――、

 掌から抜けていく感覚に襲われた。

 

 とんでもない喪失感と同時に、火柱、轟音、熱風。

 俺と、アンジェ先生の髪の毛が、マジで抜けそうなほどに乱れた。

 

 そのままぶっ倒れ、地面に這いつくばる。

 遠くなる意識の中で、最後に見た光景。

 

 燃え盛る廃病院を背に、謎のダンスではしゃぐアンジェ先生の姿だった。

 

 ◇

 

 だりぃ。くそだりぃ。

 

 身体が鉛みたいに重たかった。

 地面の底に沈んでいく感じ……。

 

 こんな気持ちに、ずいぶんとガキの頃になった記憶がある。

 何が理由だったかは忘れたが……。

 

 ともかく起きたくない。

 だが、このままじゃマズイ。

 

 ガバ屋のことを思い出したのだ。

 行って働かないと、借金が減らん。

 

 俺は鋼の意思で、万力で押さえられているかのような瞼を開いた。

 

 最初、目に入ったのはゴウゴウと燃え盛る火だ。

 何だか山が燃えている。

 ヤバいな、あれは……。

 どっかのバカが、放火でもしたんだろうなぁ。

 

 ――と、目の前に影が入ったところで、色々と視界の焦点が合ってきた。

 

「ふぅ、良かった。目が覚めましたね?」

 

 アンジェ先生が、俺の顔を覗き込む。

 ち、近い。ドキドキするだろうが。

 

「あ、ああ」

 

 俺は頭をゴシゴシとかきながら起き上がる。

 ベットの上だったのか。

 

 つうか、ここは……。

 

「私のお家ですよ」

「え……」

 

 キョロキョロ。

 おおっ、確かに女子部屋だ。

 いや、女子部屋に入ったこと無いけど、そんな感じがする。

 

「意識を失ってしまって……やっぱり矯正が必要なんです」

 

 そうだ、魔法がどうのこうので、火が出てぶっ倒れた。

 

「あ、でも、いきなり中級クラスの呪文にしたのもマズかったかしら……」

 

 ブツブツとひとりで言っている。

 テレビのニュースでは、山火事事件を報道中だ。

 

 おやぁ、見覚えがあるぞ。

 

「アンジェ……先生」

「はい」

「あれは、俺らのせいじゃねーのか?」

 

 これ、重罪だったような……。

 

「いえいえ、違いますよ」

 

 アンジェ先生はニコニコしている。

 

「ゆっくり寝ててください。学校に行く時間には起こしてあげますから」

 

 あ、はーい♪

 ――じゃ、ねぇですよ。

 

 これ、どうすんの?

 

「それに、もう鎮火されましたから」

 

 このレベルの火事を鎮火ってスゴイな。

 そう思っていると、テレビに超絶イケメンと爆絶美女が映し出された。

 

 ――今回も大活躍のおふたりですね?

 

 ――いえいえ、皆さんに貢献できて幸せです。

 ――こんな火事は、魔法でイチコロですわッ。オーホッホッホ。

 ――魔法で貢献することこそが……。

 

 プチ。

 

 アンジェ先生がテレビを切った。

 

「さ、寝ましょう」

「いや、待ってくれ。何時だ?」

「23時です。子供は寝る時間です」

 

 クソヤバい。

 

「俺、予定あるから」

 

 そう言ってベットから降りたところで、膝に力が入らず思わずよろけてしまう。

 

 バフ。

 

 倒れそうなところを、アンジェ先生が抱きとめてくれた。

 らららラッキー。

 わぁ、柔らかいですぅ。

 

「自宅には連絡しましたよ?」

「え、マジで?」

「当たり前でしょう」

 

 どんな理由にしたのか分からないが、教師が言えば何とかなるのかな。

 

「さ、ベットに戻って」

「先生は?」

 

 と、隣ですかああ?

 

「もうひとつ部屋があるので、そちらで寝ます」

 

 そう言って、俺を睨む。

 

「いつまで、こうしてるんですか?」

「え、あわわ」

 

 慌てて離れ、ベットに腰かけた。

 恥ずかしい。恥ずかしいぜ。

 

「フフフ、何だか初めて年相応に見えましたよ」

 

 普段は人殺しの目をしているからな。

 

「今日は無理をさせちゃってゴメンなさい」

 

 俺に頭を下げる。

 こんな素直に謝れる大人って、すげぇな。

 

「それから、ゆっくり寝ること!」

 

 アンジェ先生はスタスタと歩き部屋のトビラを開けた。

 出て行くときに、一度だけ振り向いた。

 

「おやすみなさい」

「……」

 

 ふんと少し鼻を鳴らして、アンジェ先生がトビラを閉じる。

 

 おやすみ、先生。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る