2限目 ※アンジェ先生は、法定速度を守っています。

 正しい教室には、俺の座席がキッチリと用意されていた。

 

 後ろで、なおかつ窓側という最高の立地。

 王の場所。

 

 ――ふふふ。

 

「何か面白いことでもありましたか?」

 

 あ、さーせん。

 俺は黙ったまま、こみ上げる笑いを押し殺した。

 無表情でいないとな。

 

 今は、大事な授業中だ。

 

 ええと何の授業だったかなぁ。

 授業開始で配られたプリント用紙に目を落とす。

 

「ダンジョンで生き残るには、決して無理をしないことです」

 

 ダンジョン学【初級】。

 

 ちょっと目を擦る。パチパチ。

 よし、これでスッキリしたぞ。

 やっぱり、二年間も寝てたからな。

 

 ダンジョン学【初級】。

 

「あと一回、あと一階、これが命取りになります。戦闘もフロア制覇も余裕が肝心でしょう」

 

 冗談みたいな授業やってやがるな。

 だが、周囲のボンクラどもを見回しても、超真剣に聞いている。

 つまりは、俺がボンクラだということだ。

 

「この授業では、一年を通して、いかに安全に探索し、確実に成果を勝ち得るかを学びます」

 

 これほど、全員が真剣になる授業を、俺はかつて見た事がない。

 なんといっても、この高校は、The 並み。

 アホでも頑張れば、ギリギリ入れてしまう程度の偏差値だ。

 

 ゆえに俺でも入れたわけだが……。

 

「この中で、初級ライセンスを持っている人……いますか?」

 

 教室の中で、ひとりだけが高々と手を上げた。

 

「初級ダンジョンへは?」

「ええ、行きましたとも」

 

 その男子生徒が、自信満々な様子で答える。

 

「かるぅく、第一フロアはクリアしましたね」

 

 言いながら、自身の前髪をふわぁと右手で払った。

 漫画みたいなヤツだな。

 

「初級ダンジョンでも、それなりの報酬はあったでしょうね」

「ええ、かるぅく、10万円ほどになりましたねぇ。もっとも、かるぅく装備品に費やしましたが」

 

 な、なにいいいいい!

 なんだ、そのオイシイ話は。

 俄然、興味深い授業に思えてきた。

 

 ガバ屋で働いても、200万円の返済などいつになるか分からない。

 下手をすると、一生ドレイとして働かされる恐れも……。

 

 プリント用紙をパラパラとめくる。

 なんで、教科書じゃないんだろうな。

 

 ――意味分かんねぇ。

 

 少し読んだが、スキルとかパーティとか、意味不明すぎる。

 つうか、これってゲーム用語だよな?

 それを言うなら、ダンジョン自体がそうか。

 

 待てよ……朝の連中もスキルがどうのこうのと言っていたな。

 よし、思い切って質問をしてみよう。

 

 アンジェ先生の心象も良くなるかもしれない。

 

 ――まあ、授業に熱心な生徒って大好きよ。ちゅ♥

 

 んなわけねぇよな。

 

「ちょっと、知りてーことがある」

 

 俺が声を上げると、一瞬にしてクラスが静まり返った。

 おいおい、ほどよくざわつけよテメェら。

 ド緊張すんだろうが。

 

「聞き方が、失礼にもほどがありますが……なんでしょう?」

 

 アンジェ先生が、長いお耳をピクリと動かす。

 カワイイ生徒のお話を、シッカリ聞くぞッという意味だと思う。

 

「ずっと気になってたんだけどょ」

 

 アチコチから、このワードが聞こえてきた。

 

「スキルって何だよ?」

 

 数秒の間があり、教室が爆笑の渦に包まれた。

 

 ◇

 

 アンジェ先生は笑わなかったが、クソガキどもはまだクスクスしてやがる。

 

「なるほどぉ……目覚めてから聞いてないんですね」

「あ、ああ」

 

 オヤジは、そんな話はしてなかった。

 もっとも、普段から競馬以外の話題を聞いたことがないな。

 俺が総理大臣になったら、競走馬はぜんぶ馬刺しにして食ってやろうと思ってる。

 

「ちょうど唐沢くんたちが、モルペウス症候群を発症した翌日――」

 

 ――世界が変わった。

 

 世界中のアチコチにダンジョンが、ポコポコと出来た。

 入ってみれば、超絶怖いモンスターがいる。

 

 最初は、こえーよオイだったのが、ダンジョンから出てきた連中によって状況が変わる。

 

「それが、私たちエルフ族なんです」

 

 エルフ族ってなんだよ、とは思ったが、アンジェ先生の話はサクサク進む。

 

「私たち自身も、なぜこの世界に来たのか分かってないのですが――」

 

 目が覚めたらダンジョンに放り込まれていた。

 そこで、懸命に戦いどうにか出口に辿り着いてみれば――、

 

「この世界でした」

 

 最初は言葉が通じなかったそうだが、アンジェ先生たちの部族は言語習得能力とかいうのがスゴイらしい。

 音速で各国の言葉を覚えて、コミュニケーションはバッチリ。

 

 なんだか、魔法も使えてスゲェとなり、どうぞどうぞと受け入れられたそうだ。

 というより、むしろエルフ族の方が、なんだか偉い感じになってるのかもしれない。


 出会って間もないのに、公立校で担任教師ってそういうことだよね?

 

「もちろん、受けいれられた理由は、それだけじゃありません」

 

 ある日、ダンジョンからバコバコとモンスターが飛び出してきたそうだ。

 警察や軍隊も応戦したけど、一番活躍したのが、魔法を使えるエルフ族だった。

 

 まあ、魔法って何だよコラと思ったが、怖いからそのまま聞いている。

 

「それからは、定期的にダンジョン討伐をすることになったのですが――」

 

 俺らの武器が通用しないらしい。

 マシンガンとか、拳銃とか、日本刀とか、ぜんぜん効果がない。

 

 ところが、ダンジョンで湧いている希少鉱石でトンカン作った武器は通用する。

 さらに、ダンジョンで見つけた武器も然り。


 もうひとつ異変がある。

  

「スキルの発芽。気付いている方もいたけど、エルフ族が指摘して全ての人が理解しました」

 

 なんだか、とんでもない能力がみんなに出来た。

 

「ダンジョン内で役立つスキルが多かったんです。それで、普通の人々もダンジョンに行くようになりました」

 

 すでに、ダンジョンの希少鉱石だの、アイテムだのは市場で取引されていたらしい。

 一攫千金を狙った連中がダンジョンに押し掛けたそうだ。

 俺だってそうする。

 

「知識が足りな過ぎたのかしら……。あまりに多くの犠牲者が出てしまって……」

 

 こうして、色々と管理体制を急ピッチで整えたのが、現在だ。

 ダンジョンのモンスター討伐はした方が良いので、条件を満たせば一般人でも行ける。

 

 そこには金儲けのチャンスも転がっている。死と隣合わせではあるが……。

 

「なるほど」

 

 こいつは、いい話を聞いた。

 だが、スキルってのが無いと、ダンジョンで金儲けが出来ないのは確かだ。

 

 あれ?

 

 たぶん、俺ってば、そんなの無いんですけどおおお。

 爆睡していたバツなのだろうか。

 

「スキルねぇよ」

 

 ガックシ。

 

「あら、そんなわけ無いはずだけれど……」

 

 アンジェ先生が、俺のそばに寄って来る。ドキドキ。

 

「立ってくれますか?」

 

 いい匂いするなぁ。

 

「んだよ」

 

 ブツブツ言いながら俺は立ち上がる。

 

「気付きが遅い人もいるらしいから……ちょっと……いい?」

 

 そっと手を伸ばして、俺の頬に触れた。

 ヒンヤリしてて、それでもってスベスベで気持ち良い~。

 ほわわ、ウットリ。

 

「すべてを知ろ示せ。開示ッ!」

 

 くわっとアンジェ先生の瞳が見開かれた。

 うねうねと俺の脳内に、何かが入って来る感じはあった。

 ゾワゾワするが、不快ではない。

 

 そんな時間が数舜続き、唐突に終わった。

 アンジェ先生が手を離したからだろう。

 

「そ、そ――」

 

 アンジェ先生の顔色が激変している。

 何だろう……怖い。

 役立ちそうなスキルでお願いします。

 

 スキル【イチコロ】とか。

 このスキルは、モンスターを見ただけで倒せるのである、みたいな。

 

「そんな、ありえない……どういうことッ」

 

 ワナワナと先生が震えていた。

 

「みなさん、本日は自習とします」

 

 えーという声が木霊する。

 アンジェ先生のダンジョン授業って人気あったのかな。

 まあ、ゲームみたいなもんだからか。

 

「そして、キミ」

 

 俺を睨む。

 

「なんだよ」

 

 先生、何でしょうか!ビシィ!

 

「カバンを持って、ついてきてください」

 

 俺のカバンを持たせて、腕を掴みカツカツと歩き始める。

 

 え?

 

 ◇

 

 ざわめく教室を出て、廊下を歩き、職員室に入る。

 

「早退します。彼も早退します。それでは」

「そ、そんな……アンジェ先生……」

 

 突然言われた教頭は、腰を浮かせ慌てて言った。

 だが、アンジェ先生は構わず、そのまま帰り支度を始めてしまっている。

 

 あれれ、ボクちゃんも早退なの?

 せめて初日は頑張って、クラスメイトとの友好を深めボッチを回避しないと……。

 

「お、おい、俺は体調いいんだけど」

「いいえ」

 

 俺の額に、グワバッと掌を当てる。

 

「アツイわ」

「そ、そうか?」

「アツイのッ!」

 

 そうか……やはり二年も爆睡した後遺症なのだな。

 思えば初日から無理をし過ぎたのかもしれない。

 

 勘違いだったが、座席が無いというショッキングな事件。

 スキルを知らない程度で、俺をあざ笑う生徒たち……。

 

 やっぱり俺は傷つきやすいヤツだからな。

 そら、熱も出るわ。

 

「じゃあ、帰る」

 

 帰ろう。我が家に……。

 あ、でも夕方から、ガバ屋に行かないとマズイんだったな。

 それまでは、家で寝よう。

 

 歩き出した俺だが、いっこうに思う方向に進まない。

 

「私が送りますから――」

 

 襟足を、とてつもない力で掴まれていたのだ。

 

「……は?」

「送りますから、ネ」

 

 そのままズリズリと学校の駐車場まで、ふたたび連れて行かれる。

 

「乗って」

 

 とてつもなくボロいクルマだった。

 

 ホントに走るのか?

 つーか、そのエルフ族ってのは、免許持ってるのか?

 

「早くしてくださいッ。緊縛しますよ」

 

 ひぃぃ。

 

 本気な目をしていたので、助手席のドアを開けて乗り込んだ。

 小さいクルマだなぁ。

 

 ドアを閉める時、部品が全部外れそうな音が響く。

 

「少し飛ばすけれど……法定速度は守っています……守っていますッ!」

 

 アンジェ先生が、どこか違う方向を見て言った。

 何の儀式だろう。

 

「行きますよッ!」

 

 エンジン音、わお爆音!

 シフトチェンジ、マジかよマニュアル!

 

 ギャイイイイイイインッ!

 

 ※アンジェ先生は、法定速度を守っています。

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