48 「彼女」は何処へ②

「あ、あの。お貴族の方ですか。何かお困り事でしょうか……?」


 どうやら彼女の目には、間違えて庶民の住宅街に迷い込んでしまった貴族の令嬢に見えたようだ。

 普通なら平民が貴族においそれと声を掛けていいものではないが、礼法に詳しくなくてかつ、困っている人は見捨てられないというヒロインの性格にぴったり合致している。


(え、ええと! でもまだ、この子がヒロインと確定したわけでは……)


 こほん、と咳払いをして、ディアナはバッグから扇子を出して優雅に広げた。


「こんばんは。……あなた、お名前は?」

「わ、私ですか? アンナ・リッターと申します」


(ああああ! 思い出した! ヒロインのデフォルト名、アンナ・リッターだ!)


 すっかり忘れていたが、そのものズバリを言われてようやく思い出せた。


 ということはやはり、この少女が「ヒカリン」のヒロインで――光属性の魔法の強力な才能を秘めている可能性が高い。


「まあ、よろしくね、アンナさん。……あなた、魔法は使えて?」


 先ほどから質問が急すぎると自分でも分かっているが、焦っているので仕方ない。

 案の定アンナは、少し困った顔になった。


「魔法……は、聖属性が少しだけです」


(そうそう、ヒロインは第一属性が光で第二属性が聖だから、ずっと自分は弱い聖属性魔法しか使えないと思い込んでいたのよね!)


「そうですか。……突然ですが、アンナさん。私はスートニエ魔法学校の魔法実技学の教師である、ディアナ・イステルと申します」

「……え、えええ! スートニエって……ブレンドンが来月入学する予定の……?」


(そうそう! 幼なじみ君と……あなたが入学する予定の!)


 思い切って自己紹介をして身分証明証も見せると、アンナは驚いた様子で桶を取り落とした。


「え、ええと……ブレンドンの家にご用事でしたら、案内します!」

「あ、いいえ。私がお話ししたいのは……あなたですよ、アンナさん」

「私……?」

「あなた、一度魔法属性検査を受けてみません?」


 魔法属性検査とはその名の通り、魔法使いとしてどのような属性を持っているかを専用の機械で調べることである。


 魔法使いギルドの支部がある町には必ず置かれていて、生まれたばかりの子どもが検査を受けることで、どの属性の力をだいたいどれほど持っているか判断できる。


(アンナも出生時に受けたはずだけど、そのときはまだ光属性が目覚めていなかった……ってことになっていたはず)


 ディアナが笑顔で言うと、アンナは目を大きく見開いた。


「え、そ、そんな……あの、でも私、魔法学校に行けるほどの魔力じゃないんです。どうして私にそんなお話を……」

「それは……ええと、なんだかこう、あなたの顔を見ているとビビッときたのです!」

「ビビッと……?」

「え、ええ! 我が校にある魔法属性検査機で調べるだけなら無料ですし、もし才能が発覚すれば来年度から入学できるよう推薦しますよ」

「えっ……! 私、スートニエに行けるのですか……!?」


 それまでは怪訝そうだったアンナだが、一気に目を輝かせた。

 それほど裕福でない実家の助けになりたい彼女は、魔法学校に入学していい成績を収めることで立派な職に就きたいと考えているのだ。


 ……もちろん、恋愛ルートによっては就職どころか未来の王妃になったり大商家の奥様になったりできるのだが、今の彼女は働いて家族を養うことを大切にしているのだろう。


「基準値に満ちていれば、もちろん。その際は私が推薦者となりますよ」


(これくらいはしないと、ゲームのシナリオを変えた責任をとれないわよね……)


 そんなことをディアナが考えているとは露知らず、アンナは迷った末に頷いた。


「わ、分かりました。あの、お父さんとお母さんにも相談したいのですが……」

「もちろん、ご家族でゆっくり検討してくださいな。……こちら、私の名刺です」


 木でできた名刺を差し出すと、アンナはおそるおそる受け取ってくれた。









 数日後、アンナが家族で魔法学校にやって来たので、すぐにディアナが応対に出た。


 そして魔法属性検査を行った結果、案の定検査機械はまぶしいばかりの金色の光――強力な光属性持ちであることを証明したので、すぐさま新校長のもとに話が持って行かれた。


 新校長も光属性の生徒は珍しいらしく、是非とも奨学金を付与した上で学生として迎え入れたいと申し出た。

 そして、その後援と保証人としてディアナ・イステルを任命すると。


 一応貴族であるディアナが後援してくれるというのでアンナの両親も安心したようだし、アンナ本人もすっかり乗り気になっていた。


 かくして「ヒカリン」ヒロインであるアンナ・リッターはまさにぎりぎりのタイミングではあったが、来年度の一年生として入学する権利を得たのだった。

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