45 騒動の後で
スートニエの教師であるフェルディナントが同僚を拉致して殺害しようとした件は、すぐさま校長に伝えられた。
校長もまさか、公爵家の一員であるフェルディナントがこのような思想を持っていたとは予想外だったようで、真っ青になりながら原因追及に努めていた。
フェルディナントは当然解雇処分を下されたが、彼がこのような行動を取るに至ったのには、魔法属性によって差別されてしまうという現在の上流貴族階級の闇が原因にあると周知されただけで、ディアナは十分だった。
そして慌ただしく試験は終わり、答案返却日がやって来た。
落第点と言われる赤点を二教科以上取れば退学処分、という厳しい条件だったが――補講クラスの六人は、そわそわと教室で待っていたディアナのもとに笑顔で駆けつけてきた。
六枚の「進級試験合格通知」を手にして。
「……先生」
「やりました! わたくしたち、全員合格ですのよ!」
「よ、よかった……! 僕も、落第点は取らなかったのです!」
「あたしはやっぱり、基礎教養では落第点だったけど……後は大丈夫だったの。先生のおかげよ」
「試験の間にお腹が空いたときはどうしようかと思ったけど、ちゃんとできました!」
「よかったな、先生。これで全員進級だけじゃなくて、おまえも正式採用だもんな」
「ええ! ……皆、本当によく頑張りました」
六枚の通知にはそれぞれ、流れるような書体で各生徒たちの名前が記されている。
――第一学年における学習課程を修了し、第二学年へ進級することを許可する。の文言と共に。
(よかった……本当に、よかった……!)
「これも全て、みなさんの努力のたまものです。本当に……おめでとう」
「まあ! 今くらいは先生ご自分の努力を称えてもいのでは?」
「そうそう。先生がいつも面倒を見てくれたから、オレたちは全員進級できたんだからな」
「僕も、最後まで逃げずに頑張れたのは、先生が助言してくれたからです」
「補食のこともなかったら、私、途中でお腹が空いて倒れていたかもしれないし……」
「あたしなんてきっと、二教科以上落第点を取っていたわ」
生徒たちがしみじみと言い、エルヴィンも頷いた。
「……俺も、あのとき先生が諦めずに俺を探してくれたから、こうして進級できるようになりました。……本当に、ありがとうございます」
「みんな……」
ディアナを囲む面々はもう、補講クラスに入れられて複雑そうな顔をしていた十月とは違う、希望に満ちた眼差しをしていた。
――つい、じわっと目尻が熱くなってしまい、慌ててハンカチで目元を押さえた。
「ご、ごめんなさい。つい、感動してしまって……」
「おー、初めて見るかもな、先生の涙!」
「リュディガー! 淑女の涙を見て喜ぶなんて、本当に品がありません!」
「えー、おまえだって嬉しいだろ? オレたちの頑張りで先生を泣かしたってことなんだから」
「そ、それは……そういうふうに無理矢理解釈を曲げようとするところ、本当に理解できないわ!」
また、いつも通り喧嘩が始まってしまったようだ。
だが、こうして皆がわちゃわちゃとできる教室が存在することが――ディアナは本当に、嬉しかった。
「……あ、そうだ。皆が合格したら、お祝いに食事にでも行かないかと考えていたのです」
「へえ、食事!」
「おいしいものが食べられるかしら?」
「オレとしては、先生の手料理でもいいんだけどなぁ」
「……え、ええと。さすがに七人分の食事を作らせるのは、先生に申し訳ないと思うなぁ……」
「あ、それもそうだな、悪い」
「……あなた、ルッツに言われたら素直になりますのね」
「そりゃ、おまえみたいにガーガー言わないからな」
「このっ……!」
また喧嘩が始まりそうだったので、ディアナはパンパンと手を叩いた。
「はいはい、そういうことで! せっかくだから今度、レストランで予約をしておこうと思います! 管理職の許可も下りていますし、もちろん私のおごりです……が、まあ、最高級ランクはちょっと勘弁してもらえたら……」
「何をおっしゃいますの! 先生と一緒にご飯を食べられるだけで、わたくしたちは嬉しいのですよ!」
ツェツィーリエが身を乗り出して言うと、レーネとエーリカもうんうん頷いた。
「一度は、先生と一緒にご飯を食べたいなぁ、って思ってたんです。でも、先生は先生用の食堂で、私たちは生徒用のだから、難しいよねぇ、って」
「でも、外で食べるなら大丈夫よね! 先生、あたし、食後のデザートがおいしそうなところに行きたいわ」
「分かりました。皆の希望を取って、よさそうなお店を抑えておきますね!」
ディアナが言うと、生徒たちは早速「肉だろ肉!」「粗野な雰囲気のお店は嫌です!」「静かな場所がいいなぁ」と意見を出し合っていた。
補講クラスの生徒全員が進級できたというのは、学校中を驚かせた。
一番混乱していたのは、ディアナに「全員合格したら補講クラスのあり方を再考する」と提案した本人である校長。
彼はそれでも、「再考するとは言ったが、必ず撤廃するとは言っていない」と空とぼけようとした結果、堪忍袋の緒が切れた副校長の雷が落ちた。彼は雷属性なので、ディアナには本当に彼の頭の上でバチバチと電撃が弾けているのが見えた。
しかもそこに、廊下で立ち聞きしていた他の教師たちも詰め寄ってきた。
多くの者から、「補講クラスがこのままだと、アルノルト先生のような思想になる者が出てきてしまう」「生徒たちが弱者を見下すようになってはならない」「そもそも、補講クラスの生徒にはきちんと実力があると判断された」「むしろ、補講クラス外の生徒でも落第点を取った者は数多くいる」などと訴えかけられた。
そうして何度も副校長の雷が落ちながら職員会議で話を詰めた結果、補講クラスは撤廃となり、新たに「習熟度別クラス」がもうけられることになった。
今年の補講クラスの生徒にしても、ツェツィーリエのように魔力は十分だがコントロール力が低い者、エーリカのように実技はまだいいが座学が苦手な者、のように様々なケースが存在する。それにそもそもリュディガーやエルヴィン、ルッツやレーネなどは補講クラスに入れるのとは少し事情が違う。
そういうことで、教科ごとに苦手分野に集中して取り組めるようにクラスを再編することになった。
来年度からすぐにというのは難しいので、これから再編の移行期間に入り、数年間は試行錯誤の日々になるだろうと言われている。
校長も最後までグダグダ言っていたが、最終的には「僕が校長なのに……」と半べそ状態になり、他の厳つい教員たちに囲まれてサインをした書類が国に提出することになった。
また、クラス編成再考やフェルディナントの処分などですっかり校長は参ってしまったようで、「もう無理です」という言葉を残して退職してしまった。
だが校長の座にはすんなりと副校長が就くことになり、しかも皆がそれを歓迎したこともあり、校長が代替わりしてもほとんど悪影響は出なかったようだ。
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