44 偽りと真実
ディアナは、いきなり光が差し込んできたためぎゅっと目を閉ざした。
(な、何……!?)
「チッ……補講クラスのガキか!」
ひゅん、と闇の剣がディアナの首から逸れたのが音で分かった。風が唸り、フェルディナントが闇魔法で風を打ち払っているようだった。
「先生! 無事ですか!」
「その声は……シュナっ」
「そこまでにしなさい、エルヴィン・シュナイト」
体を起こして目を開けようとしたら、ぐいっと腕を引っ張られて無理矢理立ち上がらされた。
こわごわ目を開くと、夕焼け空をバックに小屋の入り口に立つ青年――エルヴィンの視線とぶつかり、彼は険しい表情をほんの少しだけ緩めた。
「先生、生きている……!」
「シュナイト、君……」
「お喋りはここまでだ」
ひた、と再び刃が喉に当てられる。
しかもただの鋼ではなくて、あらゆる力を吸い込む闇の力に染められた刃が。
「エルヴィン・シュナイト。どのようにしてここまで嗅ぎつけたのかは分からないが……それ以上動けば、君たちの敬愛するイステル先生の首を刎ねる」
「……あんた、なんだその力……」
「見ての通り、闇魔法だ。……エルヴィン・シュナイト。イステル先生の命が惜しければ、魔法剣を下ろせ。そして、先生の代わりに君が犠牲になるというのなら、先生のことは助けてあげようか」
「っ……やめなさい! シュナイト君、こんな外道の言うことは聞かなくていいわ!」
ディアナは声を張り上げたが、ぐいっと刃を当てられるとそれ以上言えなくなる。
これだけ小細工をしてきたフェルディナントが、エルヴィンが剣を捨てたからといってディアナを解放するとは思えない。
そもそも彼からすると、秘密を知るディアナも現場を見てしまったエルヴィンも、抹消するべき対象なのだから。
「シュナイト君、逃げなさい! すぐに応援を呼ぶのです!」
「でもそうすると、先生が……」
「麗しい師弟愛だね。……それじゃああまり長く待てないし、君たちの大切な先生はここで先に死んでもらおうかな。大丈夫、すぐに君も愛しい先生の後を追わせてあげるからね」
「っ……待て!」
闇の力が強くなり、息苦しくなる。
……だが。
「……アルノルト先生。私……聖属性魔法が役立たずだなんて、思ったことありませんよ」
ディアナの声に、後ろから体を羽交い締めしてくるフェルディナントの腕がぴくっと揺れた。
「私の氷魔法はそれこそ、人を傷つけることしかできない。でも聖属性は、傷ついた人を癒やせる。そんな力を持ち、生徒たちに惜しみなく使ってあげるあなたは……とてもいい先生でした」
「……君は、何も知らないから言えるんだ。貴族の……強くあるべき存在の者が、聖属性なんかを持って生まれたって何の役にも立たないなんて、知らないから」
フェルディナントの声は強気だが、少し震えている。
アルノルト公爵家の縁者として生まれた彼が、戦闘では役に立たない聖属性を持って生まれた。
それは……彼にとって、恥でしかなかったのだ。
周りの者に恥だと言われたから、彼もそう思い込んでしまったのだ。
「君は分からないだろう! 役立たず、外れくじだと言われ続けた子どもの気持ちなんて! 男爵家でぬくぬくと育ち、氷属性の安定した魔力を持つ君には! 落ちこぼれになるまいとスートニエで死ぬ気で勉強してやっと地位を手に入れられた、僕の気持ちなんて!」
「……だったら、あなたこそ補講クラスの生徒たちを大切にするべきだった。役立たずと言われてしまうクラスは……あってはならないと、気づいてほしかった」
ディアナは、顔を上げた。
そして魔法剣を手にしたまま難しい顔をするエルヴィンに、微笑みかける。
「シュナイト君だって、癒やしの力を求めて修行したのです。……聖属性魔法も、かけがえのない素敵な力。それを求める人や、あなたの魔力で助かった人も、たくさんいるんです」
「……。……どうして」
「……」
「……どうして、そういうことをもっと早く言ってくれなかったのかな」
フェルディナントの声が、震えている。
まるで、二十数歳の彼の中で年齢一桁の彼が泣いているかのように。
「君がもっと早く、そう言ってくれていれば……僕は、こうはならなかったのかもしれないのに」
「アルノルト先生……」
「……イステル先生、僕は――」
「ちょっと、失礼しますね」
「えっ?」
一応一言断ってから、ディアナは右足を振り子のように大きく前に振り――思いっきり、フェルディナントのすねを蹴り飛ばした。
(中学生対象の出前講座で警察官が教えてくれた、女性にでもできる護身術! 練習しておいてよかった!)
「ぐっ……!?」
「先生!?」
拘束が緩んだ隙に両腕を挙げてしゃがみ、するっと抜け出す。
いきなり座ったり立ったりしたので貧血時のようにくらっとしたが、すぐさま駆けつけてきたエルヴィンがディアナの体を掬い上げるように抱き寄せ、背後に庇ってくれた。
「先生、大丈夫ですか!?」
「ええ! シュナイト君も……来てくれて本当に、ありがとう」
「あんたのためですから」
エルヴィンの背中はそう言うと、剣先をフェルディナントに向けた。
「……闇魔法は近接だと相手の魔力を奪うけれど、遠距離攻撃になると波動になる。そうなると、他属性の魔法で対処することができる。……教師であるあなたなら、知っていることですよね?」
まさに、冬のグループ試験で変異種の攻撃を受けたリュディガーのときがそれだ。
闇の波動はいわゆる物理攻撃になるので、気をつけていれば属性魔法で壁を作ったり吹き飛ばしたりできるのだ。
人質もいなくなったフェルディナントは闇の色に染まった自分の魔法剣を見下ろすと、ふっとため息を吐き出した。
「……そう、か。僕の、負けなんだね」
「ああ。……そろそろリュディガーたちも来るはずです。俺とイステル先生が見聞きした情報を確かに、皆にも伝えます」
「……そうか」
もうフェルディナントは抵抗する気もないようだ。
彼が魔法剣を下ろすと、そこにまとわりついていた闇の力もふっと消えていった。
(……あっ。この声は……ヴィンデルバンドさん?)
森の向こうから、ツェツィーリエたちの声が聞こえてくる。
外を見たエルヴィンが「ここだ!」と皆を呼んでから、フェルディナントに視線を向けた。
「……俺はなんとなく、あんたのことが嫌いでした。だから冬のグループ試験の前も、近くにいるあんたじゃなくて知り合いを訪ねたんです」
「……まあ、そういことだろうとは思っていたよ。それで? お気楽でいられる伯爵家傍系で、しかも第一属性は風で第二属性が聖という恵まれた能力を持つ君が、僕に説教でも?」
「……。……あんたのことは、嫌いです。なんかイステル先生に近いし、態度も気に食わないし、人を食ったような物言いも嫌いでした」
「言ってくれるねぇ」
「でも。……あんたが負傷した俺たちに掛けてくれた回復魔法には、何度も助けられました。それに、怪我を治した生徒に見せるあんたの優しい眼差しは――偽物じゃないと、俺は思っています」
フェルディナントが、はっとして顔を上げた。
だがエルヴィンは一つ鼻を鳴らすと、ディアナに聖属性魔法を掛けてから肩を抱き寄せて、きびすを返した。
「シュナイト君……」
「……別に、あいつのことをフォローするつもりはないです。でも、俺が正直に思っていることは言っておきたいと思ったので」
「……ええ、分かっていますよ」
ディアナは、体を支えてくれるエルヴィンに微笑みかけた。
「……ありがとう、シュナイト君」
「……あんたのためですから」
そう言うエルヴィンの声は、少しだけ震えているようだった。
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