43 闇に染まる者②
「どうして……どうしてそこまで、補講クラスを必要とするの!?」
「……」
「あの子たちに実力があることは、あなたも知っているはず! 補講クラスなんて必要ないって、皆も分かって――」
「それ、本気で言ってるの?」
ひた、と喉元に当てられたのは、冷たい刃。
いつの間にか魔法剣を抜いていたフェルディナントはその切っ先を、ディアナの喉に真っ直ぐ向けていた。
「補講クラスがなくなれば、皆が喜ぶ? ……それは違うね。スートニエ魔法学校の――ひいてはこのアドルマイア王国の発展には、補講クラスが必要なんだ」
「……そんなわけ――」
「君は半年前に来たばかりだから、うちの事情も何も知らないだろう? ……補講クラスに入りたくなければ、勉学に勤しめ。敗者になりたくなければ、相応の努力をしろ。……こうやって生徒たちを奮い立たせるためには、補講クラスが必要なんだよ。誰もが嫌う、落ちこぼれたちの巣窟。その存在が、生徒たちをより鍛え上げるんだ」
(……違う!)
フェルディナントの言葉に、ディアナはぎりっと歯を噛みしめた。
「……そんなの、おかしい! そんなやり方が正しいわけがない!」
「正しいんだよ。……これまでにスートニエから輩出された、多くの著名人たち。皆は、補講クラスに入るまいと必死に努力をしてきたんだ」
「でもそれでは、『落ちこぼれを作ってもいい、落ちこぼれには何を言ってもいい』という考え方を植え付けてしまう。弱き者に手を差し伸べたり一緒に歩くための案を考えたりするのではなくて、弱者を踏みにじってもいいという思想を持つようになってしまう。それで本当に、国のためになるとでもいうの!?」
「……うるさいよ」
ぐっ、と剣に力が込められ、かすかな痛みが走った。
見えないが、皮膚の小さな血管が切られたのだと分かる。
「君は下級貴族出身だから、そういうことが言えるんだ。……国のことなんて考えず、ただ自分と自分の周りのことだけを考えていればいい。そういう人には、僕たちの思想は理解できないだろうね」
「ええ、できない。……でも、補講クラスの生徒たちに手を差し伸べる人や、考えを改める人は実際に増えている。もしここで私を脅しても……きっとそういう人たちがいつか、私の代わりに疑問を呈してくれる。本当にこのままでいいのか、ってね」
「……生徒や教師どもだけでなく、あの日和見校長まで君になびき始めたのは、本当に計算外だった。やはり……君のことはもっと早く、消しておくべきだったんだろうね」
フェルディナントはどこか寂しそうに言うと、剣に魔力を込めた。
聖属性は、魔法剣として使うことができないはずだ。
だが――
(な、何この魔力……!?)
火属性魔法なら赤く、氷属性魔法なら青白く光る魔法剣は今、周りの闇にも負けない漆黒のオーラを放っていた。
この、近くで発動されるだけでじわっと脂汗がにじむような感覚は――去年の冬に体験したことがある。
「ど、どうして闇属性魔法を――」
「素晴らしいだろう? 聖属性なんて役立たずな力を持って生まれた僕でも、こうして新たな力を後天的に得ることができたんだ」
そう言って闇の波動を放つ魔法剣を、フェルディナントは愛おしそうに見つめている。闇魔法なんて、普通だったら人間が手に入れられる属性ではないのに。
急ぎ体を起こして氷の力を発動させようとしたが、フェルディナントの剣先からあふれた黒い鞭がするりとディアナの手首に巻き付いた途端、込めていた魔力が消えてしまった。
「えっ……!?」
「これが、闇属性の力だよ。君を襲った際に、すとんと気絶しただろう? ……闇は、光以外の全ての属性を吸収し、無効化する。灼熱の炎も、凍える氷も、鋭い風も、炸裂する雷も、頑強な土も――闇の前では、無力だ」
そう、それはゲーム「ヒカリン」でも同じだった。
魔物たちが有する、闇属性の力。あれを打ち払えるのは、レアな光属性のみ。
だからこそ、光属性の力に目覚めたヒロインは平民でありながら多額の奨学金を与えられて魔法学校に入学できるのだ。
フェルディナントは静かに笑い、闇の剣の先でディアナの肩に触れた。ただそれだけで体中の魔力が奪われるような感覚に陥り、吐き気がしてくる。
「アルノルト……先生……」
「本当は、こんなことはしたくなかったんだよ。でも、君が悪い。……君がもっと大人しくしていれば冬のグループ試験で、突貫で変異種を作ったりもしなかったんだよ」
(そ、それじゃああの象型魔物が変異種だったのも、アルノルト先生の……?)
そんなことができるなんて、思ってもいなかった。
くたっと体を弛緩させるディアナの体に、フェルディナントの腕が回った。
「ここは、そのグループ試験を行った森にある小屋だ。冬以外は訪れる人もいない、物置同然の場所でね。……ここでならちょっとくらい派手に魔法を使っても管理者にもばれないし、死体は埋めてしまえばいい。いつか、魔物が掘り出して喰いあさってくれるだろう」
「っ……」
「さようなら、イステル先生。……正直なところ、僕、一生懸命な君のこと、わりと好きだったよ。君がもっと大人しい女性だったら、僕が守ってあげたかったな」
そう言うと同時に、フェルディナントは漆黒の剣を振り上げ――
「……先生!」
そして、まぶしいばかりの光が視界に広がった。
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