41 生徒たちの決意

 残念ながら、試験開始時間ぎりぎりになってもディアナは見つからなかった。


 自分とはすれ違いになっていれば……というかすかな期待を抱いてとぼとぼと食堂に戻ったエルヴィンだが、そうはならなかったことはクラスメートたちの顔を見れば分かった。


「お疲れ、エルヴィン。ほら、飯」

「……悪い」


 リュディガーが投げて寄越したパンを受け取って豪快に食いちぎりながら、椅子に座る面々を見る。


 不幸中の幸いか、あれほど取り乱していたルッツとエーリカはまだ表情はこわばっているものの、かなり落ち着いた様子でハーブティーを飲んでいた。きっとツェツィーリエがブレンドしたものだろう。


「……レーネはどうした?」

「……ちょっと、吐いてしまってな。今トイレに行っている」


 リュディガーが言ったので、エルヴィンは無言で頷いた。


 レーネは成績や精神面では問題ないが、体が弱い。

 ディアナの助言のおかげで低血糖とやらの症状は出なくなったが、プレッシャーに当てられたりすると体調を崩しやすくなる。試験前に少しでもいいから、消化にいいものでも食べた方がよさそうだ。


「……先生は、見つからなかったのですね」

「……すまない」

「あなたが謝ることではないわ! あなたは、本当に頑張ってくれました。……先生のことは心配ですけれど、わたくしたちは目の前の問題を解決しなければなりません」

「……そう、よね。他の生徒たちもね、イステル先生がいないのは不安だけど頑張ろうって声を掛けてくれたのよ」


 エーリカが弱々しく微笑んで言い、ルッツもゆっくり頷いた。


「……みんなも、イステル先生のことを気にしているんだ。それにさっき様子を見に来てくれた先生たちからも、おまえたちはイステル先生のことが大好きだったから辛いだろうけど、まずは学生としての一番の役目をこなせ、って言われたんだ」

「そりゃそうだよな。いざ先生が無事に見つかったとしても、自分がいなくなっていたことが原因でオレたちの実力が発揮できなかったって聞いたら……それこそ、泣かせてしまうだろう」


 リュディガーに言われて、エルヴィンは頷いた。リュディガーに投げ渡された固めのパンもガシガシ噛んで飲み込み、ツェツィーリエの紅茶を呷る。


「……皆の言う通りだな。先生がこれまでにやってきてくれたことに報いるためにも……全力で試験に取り組もう。それから」

「それから?」

「……爆速で試験を終わらせたら、先生を探しに行く」


 口元をぐいっと拭って宣言するエルヴィンを、四人は目を瞬かせて見ていた。

 今ここにいる男が、半年前までは筋金入りのサボり魔として有名だったエルヴィン・シュナイトと同一人物だと、にわかには信じがたいくらいだった。


「……なんというか。あなた、先生と出会ってから本当に変わったのですね」

「あれだよ、あれ。恋は人を強くするってやつ?」

「ええっ、エルヴィン、先生のことをそういうふうに見てたの?」

「……こいつの阿呆妄想に付き合うんじゃない」


 エルヴィンは無愛想に言うが、その色白の頬はほんのりと赤い。


 そこで食堂の入り口の方で、レーネがちらちらと中をうかがっているのが見えた。


「おい、レーネ! 気分はどうだ!」

「え、ええと……吐いちゃったけど、元々あんまり食べてなかったから大丈夫!」

「それでは試験前に、ビスケットと紅茶だけでも胃に入れておきましょう」

「うん!」


 駆け寄ってくるレーネの顔色も、思ったよりも悪くなさそうだ。


 頼りになるディアナは、今ここにはいない。

 どこにいるのかも、何をしているのかも、無事なのかも分からない。


 だが、エルヴィンたちは自分たちがするべきことをするだけだ。

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