31 突撃・生徒指導!
フェルディナントにいきなり抱きしめられたディアナは、無言で混乱していた。
(ん? ……んんん? これは、何、今、何を……?)
目の前には、フェルディナントの防寒着の胸元が。
カンテラを片手に持つ彼は、思いのほかがっしりとした片腕でディアナを抱き寄せていた。
二人でくっつくと温かいから……なんてボケるつもりはない。
だとしたらフェルディナントは、ディアナに好意を持っていてこういう所作を――
(……いや、ないわね)
相手は、ゲームの恋愛攻略対象。こちらは、途中退場モブ。
彼に好かれる要素なんて、これっぽっちも思いつかない。
(だとしたらこれは、からかわれていると……。……うん、それしかない)
年上の男性にいきなり抱き寄せられてつい顔がかっと熱くなったが、それもすぐに冷めていった。
勘違いをして痛いキャラになるのだけは御免だ。
「アルノルト先生、こういうのはさすがによろしくないと思います」
「どうして? 君は僕にこうされるのが、たまらなく嫌?」
「嫌というか……」
言葉を探していたディアナは、ふと耳を澄ませた。
(……今、何か声が……?)
「……イス――」
「静かに」
ディアナはするっとフェルディナントの腕から抜け出すと彼からカンテラを受け取り、足音を忍ばせて歩き出した。
四階廊下には教室のドアが並んでいるが、それらにそっと近づく。
(鍵が掛かっていれば、鍵穴の向きで分かる……)
中腰になり、カンテラを目の高さに持ち上げてじっと鍵穴を見て回る。フェルディナントもだいたいのことを察したのか、黙ってついてきてくれた。
この階の教室は、昨日から施錠済みだ。鍵自体は生徒が職員室で借りようと思えば借りられるが――
(……この部屋、鍵が開いている!?)
一つだけ、鍵穴の向きが違う教室があった。
急いで耳をドアに押しつけるとそこは――校舎棟は省エネされているはずなのにほんのり温かくて、しかも中からくぐもった声が聞こえてきた。
「……だ。本当に……だよ」
「嬉しい……ねぇ、私のこと、本当に好きなの?」
「……だ」
男と、女の声。
男の方は声量を抑えているようでほとんど聞き取れないが、女の方ははしゃいでいるのか興奮しているのか、かなりはっきり声が聞こえる。
(こ、これは突撃案件だ……!)
人の恋愛シーンを盗み聞きする趣味はないが、つい胸がドキドキしてきた。
フェルディナントも同じようにドアに耳を押し当てて、ため息をついた。そして、ディアナを見ると親指を廊下の方に向けた。「君は職員室に連絡してくれ」ということだろう。
(こういうのは、アルノルト先生の方が慣れてそうよね……)
そう思いディアナがドアから離れようとした――直後。
「……好き! 私も好きよ……エルヴィン!」
(は?)
ディアナは、動きを止めた。
フェルディナントもぎょっとした様子で、こちらを見てくる。
本年度のスートニエ魔法学校に、エルヴィンという名の生徒は一人しかいない。
ディアナは黙ってカンテラを床に置き、腰から提げていた魔法剣を鞘から抜いた。
フェルディナントが慌てた様子で手を伸ばしてくるが――
「……生徒指導ーっ!」
ドアを蹴り開けると同時に、一気に剣に氷の力を込める。
ぱっと青白い光が舞い、剣の先端から放たれた吹雪が部屋にあふれた。
長机に座って何やらやっていたらしい男女がぎょっとこちらを見るが、そのときには既にディアナの氷魔法が二人の足下に迫り、パキン、と音を立てて机ごと凍り付いた。
「きゃあっ!?」
「だ、誰だおまえ!?」
膝から下を凍り付けにされた二人が、叫んでいる。
手加減をしているので見た目ほど冷たくはないが、頑丈な氷の枷に縛られてじたばたするしかない。
剣を構えたまま、ディアナは呆然と――
「……あなたこそ、誰?」
見知らぬ男子生徒を見ていた。
生徒指導室代わりの倉庫にて事情聴取を行った結果、なかなか面倒なことが判明した。
「……あの男子生徒は誰かに依頼されて、シュナイト君を名乗って女子生徒を誘惑した……?」
人気のない職員室にて。
頭が痛くなりそうな報告を聞いたディアナがうめくと、フェルディナントは難しい顔で頷いた。
「どうやら昨日の朝、彼の部屋のドアノブに袋が下がっていたそうだ。その中には指示書とエルヴィン・シュナイト君に化けるために使う鬘、そして報酬らしき金が入っていたという」
男子生徒は涙と鼻水で顔面べしょべしょになりながら、「一度モテたかった。暗い教室の中だし、バレないと思った」と全て告白した。
また真っ白な顔の女子生徒も「ずっと密かに憧れていたシュナイト君に誘われたと思って、舞い上がってしまった」と反省していたという。
教員内での相談の末、これは下手すれば名前だけ使われて巻き込まれたエルヴィンへの風評被害になるということで、生徒二人には厳重注意をして口止めも命じた。
二人とも今は反省しているし退学も回避したいらしく、何度も頷いていた。もちろん、男子生徒が受け取った金も学校が預かっている。
「私たちが気づかなかったら、もっとひどいことになっていましたよね……」
「間違いなく。だから、あのとき敏感に異変に気づいたイステル先生のお手柄だよ」
フェルディナントはそう言ってから、ふと険しい顔つきになった。
「……それにしても。今回の件は、単純なエルヴィン・シュナイト君への嫌がらせとは思えない」
「ですよね! シュナイト君は最近真面目に頑張っているのに、あんな濡れ衣を着せられるなんて……」
「……それだけじゃない」
持っていた報告書をデスクに置き、フェルディナントはディアナの隣に座った。
「……最近の君たちの頑張りで、補講クラスへの見方を改める教職員や生徒が増えているのは事実だ。でも……中には、君の行いをよしと思わない者もいる」
「それは――」
校長先生とか、ですか。
思ったが言えずディアナが言葉を濁すと、フェルディナントは少しうつむいた。
「僕も、誰がということは言えない。でも、今回ダンスパーティー中にシュナイト君の評判を落とすことで好都合になるという人物も……いなくはないと思う」
「……」
フェルディナントの言葉に、ディアナはぎゅっとスカートを掴んだ。
(皆を進学されたら困るから、こんな手を使うというの……!?)
生徒たちは、頑張っているだけなのに。
最初はサボる気満々だったエルヴィンも、進級した上で親戚と向き合いたいと言ってくれたというのに。
「……許せない」
「先生……」
「教えてくれてありがとうございます、アルノルト先生。……私、あの子たちを守りたいです」
六人とも、ディアナにとってのかけがえのない教え子だ。
皆が無事に進級して補講クラスを離れていくまで、守り続けたい。
フェルディナントはディアナの顔を見つめると、ふわりと微笑んだ。
「……うん、君ならそう言うと思っていたよ。僕も、応援する」
「先生……ありがとうございます」
「でもね。……生徒たちにとっての君は頼りになる大人だけど、君だってまだ若い女性なんだ。……辛くなったり寂しくなったりしたら、いつでもおいで。いくらでも話を聞くし、抱きしめるくらいならしてあげるから」
「……ふふ。そういうこと、やたらめったら言うものじゃないですよ」
ディアナが微笑んで指摘すると、フェルディナントは「そうかなぁ」と言いながらも笑顔だった。
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