30 ダンスパーティーの夜

 スートニエ魔法学校には、いわゆる冬休みは存在しない。

 だがさすがに年末と新年だけは平日だろうと授業は休みで、新しい年を盛大に祝うための準備が行われる。


 生徒たちは今日のために礼服やドレスを準備しており、特に女子生徒は朝から友人たちと一緒に髪や肌の手入れにいそしんでいた。廊下ですれ違う少女たちはいつもよりも化粧が濃いめで、ほんのりといい匂いもする。


 ツェツィーリエのように、学生の家族や婚約者であれば外部の人間でもパーティーへの参加が許される。

 よってディアナたちは朝から招待客や来賓の応対をして、部屋に案内して、もちろん生徒たちが浮かれすぎないかにも目を光らせて……と、休む暇もなかった。


(でも、今日の特別手当は本当においしいのよね……)


 使用人たちはいるものの、教員の人手が足りなくなる今日出勤すると破格の手当が支給される。

 校長室で渡された書類を見るに、今日一日働くだけで半月分の給料相当額をもらえるようだ。


(うちはそこまでお金に困っているわけじゃないけれど……多いに越したことはないわ。男爵領にいる子どもたちに、おもちゃや勉強道具を買ってあげられるし)


 ディアナ自身は金の掛かる趣味はないので、使うとしたら家族や領民用だ。


(前世も結局、給料のほとんどを使うことなく死んでしまったものね……)


 親不孝者の娘で申し訳なかったので、前世の三年間で稼いだ金は全て家族に使ってもらえたらと願っている。


 夕方になると、着飾った生徒たちがホールに移動し始めた。

 廊下に立って様子を見たところ、会場付近で待ち合わせをしているようだ。そして紳士の心得として、女子生徒よりも男子生徒の方が早く到着するようにしているのか、男子生徒が圧倒的に多かった。


(みんな、きらきらしているわね……)


 生徒たちはディアナを見ると会釈してきたが、今のディアナはいつもの教師用制服姿だ。

 このドレスも光沢のある布地でなかなか品があるが、女子生徒たちのドレスには適うはずもない。おまけに念のため魔法剣も腰から提げているので、ダンスパーティーにふさわしい格好とは言えなかった。


 途中、婚約者らしい男性と寄り添って入場する薄桃色のドレスのツェツィーリエが見えた。彼女はディアナの方はちらっと見ただけだが、その嬉しそうな横顔を見られただけで十分だった。


 また、少し前から真っ青な顔のルッツが柱の近くに立っていたので、誰を待っているのか気になっていた。

 そうしてやって来たのは、若草色のドレスを着たレーネだった。


(なるほど。しっかり者のトンベックさんなら、ライトマイヤー君もあまり緊張せずに済みそうね)


 二人はディアナを見ると手を振ってきたので、笑顔で手を振り返した。


 レモンサイダーのような淡い色のドレスのエーリカは、ディアナの知らない男子生徒と一緒だった。確か彼女は二年生に知り合いの男子生徒がいると言っていたから、彼がその人なのだろう。


 そして開始時間ぎりぎりに、女子生徒に囲まれたリュディガーが到着した。女性関連で問題ありと言われた彼だが、色気のある顔つきに頼もしい性格をしているからか憧れる女子生徒は多いようだ。


 ただ、濃い赤色のジャケット姿の彼はずっとむっつりとしており、人に埋もれていたディアナには気づいた様子もなくホールに入ってしまった。

 その後ろから、「やっぱりリュディガーって格好いいわよね」「女たらしでも構わないから、一度遊んでほしいわ」という声が聞こえてきた。


(遊ぶこと自体は止めないけれど、程度は考えてね……)


 結局最後までエルヴィンは現れなかったが、彼なら堂々とサボっていそうだ。この時季はバルコニーでは昼寝ができないので、さっさと自室で寝ているのかもしれない。


(さて、そろそろ見回りに行かないと)


 ほとんどの生徒がホールに入ったところで、ディアナは毛皮の上着を着てカンテラを手に玄関ホールに向かった。

 そこには、同じように防寒対策ばっちりのフェルディナントがいた。


「こんばんは、イステル先生。いい夜だね」

「こんばんは、アルノルト先生。寒いですが、星がきれいに見えますね」


 フェルディナントはディアナからカンテラを受け取り、柔和に微笑んだ。


「そうだね。こんなにいい夜を君とご一緒できて、僕は嬉しいよ」

「ええ。……不純異性交遊をする生徒探しという目的じゃなければ、もっとロマンチックだったかもしれませんね」

「そうだねー。まあ、何も見つからないことを祈るよ」


 そう言ってフェルディナントはディアナの手を取り、歩き出した。


 まだダンスパーティーは始まったばかりだが、油断大敵。

 数年前にはこのパーティー開始直後から既に会場を抜け出している生徒がいたそうだ。空き教室にいる二人を教師が発見したときには、女子生徒のドレスは既に半分脱がされていたという。


(……まあ、生徒は十七歳とか十八歳なんだから、恋に燃え上がる気持ち自体は否定できないけどね……)


 やるなら卒業後にしてほしい、というのがディアナの気持ちだ。


 廊下には魔法の明かりは灯っているが、人気のない通路は寒々としており物寂しい。

 ホール付近は魔法で暖かくしているので女子生徒も薄手のドレスを着ていたが、このあたりは省エネされているのかコートを着ていても肌寒かった。


「いつも昼間に通るときとは、全然違った雰囲気に思われますよね……」

「そうだね。……イステル先生、知ってる? この学校には七不思議があるんだよ」


 学校の七不思議。

 日本製ソシャゲの世界だからか、こういう言葉も浸透しているようだ。


「いえ、初耳です。……あ、あの、怖い系とかエグい系はちょっと聞きたくないです……」

「あはは、大丈夫大丈夫。ちょっとゾクッとするのもあるけれど全部謎が解明しているものばかりで、最後のオチを聞いたらむしろ笑い話になるものばかりなんだ」

「なんだ、そうなんですね」


 そうしてフェルディナントが語ってくれた七不思議は、確かにどれも最初聞いただけではゾクッとするが、ネタばらしをされると笑えるものばかりだった。


「えーっ! それじゃあその不思議って、当時の副校長先生が自分の部屋のベランダから干していたシーツが、首吊り死体に見えただけってことですか!?」

「そういうこと! まさか副校長先生も、自分の洗濯物で亡霊騒動になっているなんて露ほども思っていなくて、なかなか解決しなかったてことさ」

「なるほど!」


 話をしながら歩いていると、薄暗い廊下を歩くのも怖くなかった。


「……あ、もう四階ですね」

「そうだね。見たところ、生徒の姿もない……かな」

「ですね。……本当に、恋に盛り上がるのはいいけれど時と場所は考えてほしいですね」


 ディアナがぼやくと、ふとフェルディナントが足を止めたのが分かった。


「……アルノルト先生、どうかしましたか?」

「……イステル先生は、分かっているよね。今この状況が、どういうものなのか」


 カンテラを手にしたフェルディナントは微笑むと、コツ、と靴を鳴らしてディアナに詰め寄ってきた。

 リュディガーほどではないが彼もかなりの長身で、カンテラの明かりに照らされる優しく整った顔が、じっとディアナを見下ろしていた。


「本校では、生徒同士が恋に盛り上がりすぎるのは禁止されている。……つまり?」

「……。……生徒と教師だと、もっと大問題になるってことですか?」

「それはそうだけど、今言いたいのはそうじゃない。そうじゃなくて……」


 フェルディナントの腕がすっと伸びて、ディアナの背中に回り――


「……大人同士なら、こういうことをしても誰も文句は言えない、ってことだよ」


 ――彼の胸元に、抱き寄せられた。

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