29 ダンスパーティーについて②

「えっ?」


 今、数人分の声が被った。

 男子と女子両方の声が重なったので、誰がつぶやいたのかは分からないが。


「私たち若手教員は当日、校内の巡回を行うことになっています。だから、ダンスパーティーをしているホールの近くにすら行かないのです」

「……あっ。そういえばお兄様がそうおっしゃっていました」


 ツェツィーリエが思い出したように言ったため、エーリカが首をかしげた。


「お兄様……ええと。確か、従兄のお兄さんだったかしら?」

「そう。お兄様はわたくしより六つ上でスートニエの卒業生ですの。……お兄様がおっしゃるに、新年祭の夜は生徒たちもいろいろので、手の空いている先生方は不純異性交遊などをしている生徒がいないか見回りをするのだと……」

「はい、そういうことです」


 ダンスパーティーでは、異性間同性間問わず生徒たちが親密になる。

 それはそれでいいことなのだが、少々調子に乗りすぎてよろしくないところまで進みそうになるカップルも毎年現れるという。


 スートニエ魔法学校では、生徒同士の交際は自由だ。中には婚約者同士の者もいるからだ。

 だが、いわゆる体の関係になることは固く禁じられており、それがバレた場合はどれほど成績優秀だろうと身分が高かろうと、一発退学処分となるという。


(過去には、王族と恋仲になった貴族令嬢が二人まとめて退学処分になったってこともあるらしいし……)


 生徒たちだって分かっているし、指導された二人は必ず、「こんなつもりではなかった」と青ざめるという。

 気分が盛り上がって、つい――となるのを防ぎ学校に留めさせるのが、見回りをする目的だ。


「もちろん、何事も起こらないのが一番ですが……少なくとも深夜までは見回りをするので、当日の夜はみなさんには会えないと思います」

「残念だわ……あたし、きれいに着飾った先生とお喋りをしたいと思ってたの」


 エーリカが眉を垂らして言うと、レーネも頷いた。


「私も。おいしいものもたくさんあるらしいし、一緒に食べたかったなぁ」

「ごめんなさい。でも新年祭はそもそも生徒たちのための会ですから、お友だち同士で楽しんでくださいね」

「……そういえば、先生。若手教員が見回りをするということですが、先生も誰かと一緒に回るのですか?」


 ツェツィーリエに問われて、ディアナは本日使う石版を鞄から出しながら頷く。


「ええ。アルノルト先生に誘われました」

「あ?」

「は?」


 今、地の底を這うような低い声が二人分、聞こえた。


「リュディガー、エルヴィン、何ですの。そんな……あら、やだ。おそろいの怖い顔だわ」

「そう? あたしには、リュディガーは笑っているしエルヴィンは眠そうに見えるけど?」

「あれよ、あれ。内心ははらわたが煮えくり返るような気持ち……ってやつじゃない?」


 好き勝手に言う女子たちをよそに、すっと立ち上がったのはエルヴィン。


「先生。俺、新年祭のダンスパーティーはサボる」

「おまえ、こういうときにはサボり魔の名をうまく使うよな……」


 そうぼやきつつ、リュディガーもひらひらと片手を挙げた。


「とはいえ、オレもその組み合わせにはちょーっと異議ありだな」

「そうですか? アルノルト先生はベテランですし」

「ビギナーかベテランかは関係ないっての」

「……俺、あの先生あんまり好きじゃない。女の先生はいないのか?」

「ええと……実は他の女性の先生方は、新年祭にはプライベートの用事があるらしくて……」


 スートニエ魔法学校に勤務する女性教師の中で、最年少がディアナだ。他の女性教師たちは恋人や婚約者、家族がおり、そちらと一緒に過ごすために早いうちから有休を取っているのだ。


(いくら新年祭の日は特別手当がたんまりもらえるとはいえ、好きな人と一緒に過ごす方を優先するのはもっともよね……)


 よって、これといった相手もいないし実家に必ず帰らなければならないわけでもないディアナのみが、ぽろんと残されてしまったのだった。

 そんなぼっちに笑顔で声を掛けてくれたフェルディナントには、むしろ礼を言いたいくらいだ。


 そう説明したのだが、男子二人はますます笑みと眉間の皺を深くするだけだった。


「……よし、今くらいは共闘するぞ、エルヴィン。オレたちで一緒に襲いかかればアルノルト先生も倒せるだろう」

「乗った」

「や、め、な、さ、い!」


 物騒な計画を立てる男子二人は、お仕置きで「頭冷え冷えの刑」に処した。

 これは氷属性のディアナが編み出したオリジナル魔法で、今エルヴィンとリュディガーの頭の上には巨大な雪だるま型の氷の塊が乗っかっており、二人とも苦悶の声を上げている。見た目のわりに重くも痛くもないが、反省するまでは取ってやらない。


 ツェツィーリエは、「これだから馬鹿男子は……」とため息をついた後、鞄から教科書を出した。


「……それじゃあ先生、雑談が伸びてしまいましたが……進級試験に向けての授業、お願いしますね」

「ええ。皆が合格できるよう、頑張りましょう」

「はい!」


 四人分の元気な声と、二人分のうめき声が教室に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る