28 ダンスパーティーについて①

 冬のグループ課題において、補講クラスの六人は全員無事合格をもらえた。


 一時は壊滅しかけたし遅刻者もいたが、それでも問題児の集まりだと言われていた補講クラスの生徒が全員無事で――しかも変異種相手にも最後まで戦ったというのは、学校のあらゆる者にとっても驚きだったようだ。


「噂になっているよ、先生」


 職員室で授業準備をしていると、フェルディナントに声を掛けられた。彼は先ほどまで魔法実技の授業に加わっていたからか、白衣ではなくて男性教師用のローブ姿だった。


「一年補講クラスの生徒が、変異種を倒した。彼らがこれだけの成果をたたき出せたのは、担任であるイステル先生のおかげだ、ってね」

「うーん……子どもたちが評価されるのは嬉しいことですが、私についてはちょっと触れないでほしいです」


 というのも、ディアナは変異種相手にも最後まで戦おうとする生徒たちに、「降参しなさい」と命じたのだ。


 六人とも、「先生の気持ちはよく分かりますよ」と言って流してくれたが、あれは生徒を信じていないも同然の行いだった。

 だから、ディアナが褒め称えられるべきではない。


 だがフェルディナントは柔和に微笑み、そっとディアナの背中に触れてきた。


「間違いなく、君のおかげだよ。あのとき……君が必死になって生徒たちに訴えかけたから。違反になったとしてもとにかく生徒の命を守りたいと思っていたから、皆はいっそう頑張れたんだ。あの場に君がいなかったら――『あなたたちの命が何よりも大事だ』と訴えてくれる人がいなかったらきっと、あの子たちは魔物を倒せなかっただろう」

「……」

「それに、僕も面白いものが見られたしね」

「面白いもの?」

「……校長、結構へそを曲げているみたいなんだ。自分一人が悪者扱いされるのが嫌なんだろうねぇ」


 フェルディナントはこっそりと笑っている。


 確かに、あの場で最後まで生徒たちの援護に反対したのは校長だけだった。

 結果として校長の「最後まで戦わせろ」という判断が正解だったわけだが……あれはさすがに、冷酷すぎると言われても仕方ないだろう。


(アルノルト先生、あまり校長のことが好きじゃないのかしら……?)


「僕もなんだか嬉しいよ」と言って去っていったフェルディナントを見送り、ディアナは立ち上がった。


 先ほど四時間目の基礎教養の授業が終わり、そろそろ六人が補講クラスの教室に下りているはずなのだが――


「……はぁ!? もう一回言っていみなさいよ、この色ボケ男!」

「おーおー、何度でも言ってやりますよ、ツェツィーリエ嬢? おまえはあまりにも苛烈すぎて、ダンスしてくれる男が逃げるんじゃないか? ……ほら、満足か?」

「こ、このっ……!」


 今日もまた、元気に喧嘩をしていた。


(今回のネタは……新年祭のダンスパーティーね)


 もうすぐ十二月が終わり、新年を迎える。

 一月一日はアドルマイア王国各地で様々な催し物が行われる中、スートニエ魔法学校でも多くの生徒たちが楽しみにする新年祭が開かれる。


 いつも通りのリュディガーとツェツィーリエの口論だが、周りの生徒たちがこちらを見て「放っておけばいいですよ」と身振り手振りで示したので、両者がクールダウンするのを教卓で待つことにした。


(そういえばゲームにも、新年祭イベントがあったっけ。一年生ももうすぐ終わるという時期で、このイベントを節目に恋愛対象キャラのルートが解禁されることになる……)


 新年祭ダンスパーティーでは、攻略対象を誘ったり逆に誘われたりする。これで好感度もぐっと上がるし翌日から個別恋愛ルートを決められるようになるので、ディアナもよく覚えていた。


(……あれ? そういえばまだ、ヒロインの話を全く聞かないわね……?)


 確かヒロインは一年生として魔法学校に入学する約半年前に予言者と出会い、光属性の力を持つことが判明する。そこからとんとん拍子に話が進み、奨学金をたんまりもらったヒロインは無事に入学することになるのだ。


(もう真冬だし、職員室でヒロインの噂くらい流れていそうなものだけど……校長のところでストップされているのかな?)


 あの校長の性格を考えると、「レアな光属性の生徒が入学する!」と騒ぎそうなものではあるが。


 考え事をしている間に、リュディガーとツェツィーリエの喧嘩は終わったようだ。

 リュディガーが勝ち誇った顔をしていることから彼の勝利らしく、へそを曲げたツェツィーリエは隣の席のエーリカに慰められ、ルッツはおろおろしていて、レーネは我関せずの様子で、エルヴィンは頭から上着を被った格好で突っ伏して寝ていた。

 ある意味いつも通りの補講クラスの風景である。


「……えーっと、さっきの喧嘩について何か心残りなことはありますか?」

「ありませんっ! お話をどうぞ、先生!」


 そっぽを向いたままツェツィーリエが言ったため、リュディガーが噴き出した。

「あまりからかうものではありません」とリュディガーを注意したら、なぜかにこにこ笑顔で「了解、先生」と素直に返事をした。


「……さて。みなさん、新年祭を楽しみにしているようですが……三月には進級試験が待ち構えています。楽しむべきところはしっかりと楽しむのがよいので、切り替えだけははっきりしてくださいね。新年祭も、節度を持って臨むように」

「……あの、先生。そういえば先生は、新年祭に参加するのですか?」


 レーネがそう聞いた瞬間、伏せていたエルヴィンがむっくりと起き上がり、そんな彼の頭の上に筆記用具を積んでいたリュディガーもさっとこちらを見たのが分かった。


「……おー、そうだ。せっかくだし先生、オレとファーストダンスを踊らねぇか?」

「リュディガー! あなたはほんっとうに懲りない男ね!」


 くわっとツェツィーリエが噛みつくが、リュディガーはけたけたと笑い飛ばすばかりだ。


「懲りるも何も、別にオレは悪いことは言ってないだろう? というかそもそもの発端は、おまえがオレに『あなたと踊る女性なんていないでしょうね』って言ったことだったって、さっきおまえも認めたじゃねぇか」

「そ、そうですけれど! だからといって先生を誘うなんて……」

「いーじゃん。うちの担任の先生はこんな美人なんだぜー、って他のやつらにアピールできるじゃん?」

「……いや、だからといってあんたと踊る必要はないだろう」


 けだるげに突っ込んだのは、エルヴィン。

 彼はなおもペンを頭の上に乗せてこようとするリュディガーの肩を殴り、三白眼で隣の席の男を睨んだ。


「……というか、生徒が先生を誘うものなのか? 俺たちが踊るとしたら、女子生徒とだけじゃないのか?」

「いやいや、先生もまだ二十一歳だし十分イケるだろ」

「リュ、リュディガー。あの、年齢じゃなくて立場の問題だと思うよ……」

「分かってる分かってる。……あー、さてはツェツィーリエ。オレがおまえを誘わず先生を誘うからって嫉妬してんだろ? 本当は、オレと踊りたかったとか?」

「……」

「おい、なんだその怪奇生物を見たような顔は」

「あなたに誘われるくらいなら、食堂にある残飯の中に頭を突っ込んだ方がましだわ」

「オレは残飯以下か!?」

「もう、二人とも。そもそもツェリは婚約者さんと踊るんだからね」


 エーリカがやんわりと言ったため、レーネが「そっかー」とつぶやく。


「ツェリさんの婚約者、新年祭に来てくれるんだね」

「ええ! だ、か、ら! わたくしは最初から最後まで相手がいますので、ご心配なく!」

「おまえ……」

「……えーっと、盛り上がっているようなのですが」


 ディアナが小さく手を上げると、「ああ、そうだった」とルッツが目を瞬かせた。


「先生も踊るとか踊らないとかって話……でしたよね」

「それなのですが。私、踊りません……というか、新年祭ダンスパーティーには参加しません」

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