26 エルヴィンの意思

 エルヴィンが遅れて到着してからの戦いは、生徒たちの形勢逆転となった。

 象魔物も半壊滅状態だった敵が一気に盛り返したことに怯えたようで、リュディガーの炎とツェツィーリエの雷を喰らい、今度こそ倒れて動かなくなった。


「っ……みんな!」


 光の壁が解除され、すぐにディアナは駆け出した。

 六人は肩で息をついていたりへたり込んだりしているが、皆ディアナを見ると微笑んだ。


 生きている。

 六人とも、生きている。


「よかっ……た……!」

「先生!」

「あたしたち、頑張りました!」

「先生……!」

「約束しただろ、先生。最後まで戦ってみせる、ってな」


 安堵のあまり涙腺が緩んだディアナに女子三人が飛びついてきた。

 リュディガーもからりと笑っており、彼に支えられたルッツも青い顔ながら微笑んでいた。







 すぐに魔物の死骸が撤去され、難しそうな顔の校長たちより、「補講クラス六人全員合格」の言葉をもらうことができた。


 その後、エルヴィンの回復魔法を受けたとはいえ、体力までは戻っていないため生徒たちはフェルディナントの治療の後にすぐに森にある宿舎に運ばれた。

 普通は自力で学校まで帰るまでが試験なのだが、「補講クラスの生徒は本当によく頑張りました」と他の教師陣も認めてくれたため、特別に宿舎の利用を許可されたのだった。


 ちょうど、今日の試験はこのグループで終了だ。ディアナはフェルディナントたちから、「今日は七人で過ごせばいいよ」と言われたため、宿舎の棟を一つ借りて休ませてもらうことにした。


 女子三人は手当を受けて着替えると、すぐに寝てしまったようだ。一人一部屋あてがえたのだが、三人は離れるのを嫌がった。

 結局、二人用ベッドに三人で寝る形になったので狭そうだが、皆の寝顔は幸せそうだった。


 ツェツィーリエたちが眠ったのを確認して、ディアナは女子部屋の鍵を閉めた。ちょうど向かいの部屋から、リュディガーとエルヴィンが出てきたところだった。


「先生、ルッツも寝たぜ。あいつ、着替えの途中から眠りこけたからオレたちが着替えさせる羽目になったが……」

「ありがとう、二人とも。疲れているでしょうし、ゆっくり休んでください」

「おう、そうさせてもらうよ」


 リュディガーは頷くと、隣に立つエルヴィンを見た。


「……おまえにもいろいろ言いたいことはあるが、おまえの回復魔法で俺たちが助かったのは事実だし……おまえも、遅れたくて遅れたわけじゃねぇんだろ?」

「ああ。……昨日の夜には帰れる予定だったんだ」

「……分かったよ。そのへんの事情、明日にはちゃんと皆に言えよ」


 リュディガーはやれやれと肩を落とした後、「ちょっとなんか食ってくるわ」と言って食堂に下りていった。フェルディナントたちが食料や飲み物などを分けてくれたので、腹が減ればそれらを摘まめばいいだろう。


(……さて、と)


「今日はお疲れ様でした、シュナイト君」


 ディアナが向き直って言うと、エルヴィンは難しい顔で頷いた。


「……はい。先生、遅刻して……本当に申し訳ありませんでした」

「……一連のことについて、教えてくれる?」

「……もちろん」


 そうしてディアナはエルヴィンに誘われて、一階にある談話室に向かった。


 暖炉には、先ほどリュディガーが点けてくれた火が灯っていて温かい。

 ソファに座るとエルヴィンがいつぞやのように風魔法で壁を作ったため、ディアナは背筋を伸ばした。


(周りに音が聞こえないようにする、ってことは……)


「……俺は昨日までの間、知り合いの屋敷にいました」


 エルヴィンがゆっくりと話し始めたので、ディアナは黙って耳を傾けた。


「父の知人の……まあ、それはいいとして。その人は聖属性持ちで、回復魔法の使い手でした。そして俺は……風属性の他に、第二属性として聖属性の適性も持っていたんです」


 第二属性。


(確か……ゲームヒロインも、二属性持ちだったっけ)


 ヒロインの場合、生まれたときから弱めの聖属性持ちだと判断されていた。

 だが聖属性は補助的な立場である第二属性で、彼女のメインとなる属性が聖属性であることが十五歳の秋に判明したことで、「ヒカリン」オープニングにつながる。


(複数属性持ちも、まれに生まれるということだけど……まさかシュナイト君が二属性持ちだとは思っていなかったわ)


「そういう記録、なかったですよね?」

「ええ。俺の第二属性はとても弱かったので、この学校に入学する際に提出した書類に記載する数値に至らなかったからです」

「……あなたがその知人に会いに行ったのは、第二属性の力を伸ばすため?」


 ディアナの問いに、エルヴィンは頷いた。


「……俺は、俺にできることをやろうと思いました。俺は、あんたの力になりたいと思ったし、補講クラスの一員としてできることをしたかった。だから、急ではあったけれどグループ試験の日までに聖属性を鍛えることにしたんです」

「……そう、だったのね。でもどうして、あんなに急に? それに、遅れてしまったのも……」

「……また、聞いてしまったんです」


 エルヴィンは、静かに言う。


「あんたは……また、校長から条件を出されたんでしょう? しかも今回は、俺たち六人全員が進級したら補講クラスについて再考するって」

「……え」

「その顔、本当なんですね」


 言葉を失ったディアナを見て、エルヴィンはすっと険しい顔になった。

 いつもはどちらかというと表情の変化に乏しい彼にしては、珍しい。


「あんた一人だけのためなら、俺はサボり続けてもよかった。でも……あんたは俺たちだけじゃなくて、俺たちの次の学年で補講クラスに入れられるかもしれない生徒のために、条件を吞んだんでしょう」

「……そんな高尚なものじゃないです」


 エルヴィンの言葉に、ディアナは力なく首を横に振った。

 本当に、そんな立派なことをしたわけではない。


「私は……ただ、言い返せなかっただけですよ。落ちこぼれや掃きだめクラスと言われるのが嫌で、言い返したけれど……いざそんな条件を出されると、何も言えなかった」


 勤務初日に校長室で言われたときも、そうだ。


 六人中三人以上進級させられたら正式採用、というのもディアナの方から条件をはっきりと吞んだのではなくて、流されるままだった。


(私の意思なんて……ない……)


「……ごめんなさい、シュナイト君」

「どうしてあんたが謝るんですか?」

「私は……結局は、保身のために動いていただけです。私があなたにするべきなのはあなたの気持ちを無視してでも教室に連れて行くことではなくて、あなたのやりたいようにさせてあげることなのに……」

「違うよ、先生」


 返ってきたのは、思いのほか優しい声。

 おずおずと顔を上げると、視線の先にいたエルヴィンは穏やかな表情をディアナに向けていた。


「俺はツェツィーリエにも言われるように、ただの怠惰なサボり魔だったんです。叔父や従弟の件も……逃げる以外の方法もあった。それなのに、自分が楽な方に逃げていた。それに……あんたは三人進級させればいいという話を聞いてからは、それをサボる口実にしていた」


 エルヴィンの言葉は、穏やかだ。

 静かに、せんせんと流れる小川のように緩やかで、それでいて確固とした意思も持っている。


「俺は俺の意思で、進級したいと思った。あんたやリュディガーたちと一緒に学んで、試験を受けて、二年生になりたい。その上で従弟のことも考えたいし、あんたの力になりたいとも思ったんです」

「私の力に……?」

「……だから、無理矢理な計画だとは分かっていても聖魔法を教わりに行ったんです。これまで散々あんたやクラスのやつらの足を引っ張ってきたんだから、ここでくらい……皆の役に立ちたいと思って」


 言い切ってから恥ずかしくなってきたのか、エルヴィンは口を閉ざすとうつむいてしまった。


「明日、皆にもきちんと言いますが……遅れて、本当にすみませんでした。本当なら予定通りに帰れたんですけど、馬車が動かなかったり地面が陥没していたりってトラブルが続いて」

「いいえ、あなたの気持ちはよく分かりました。皆もあなたが来ないことに……まあ、怒ってはいましたが同時に、とても心配していたのですから」

「……はい。これからは、気をつけます」

「ええ、そうしてくださいね」


 ディアナが笑顔で言うと、エルヴィンも顔を上げて遠慮がちに微笑んだ。リュディガーのような豪快な笑いではなくて、慎ましささえ感じられる微笑だった。


「……あ、そうそう。俺が校長たちの話を立ち聞きした件は、皆には言わない方がいいでしょう」

「……そうですね。全員進級を目標にするのはともかく、六人中三人以上の方は……言ってもいいことにはなりませんよね」

「俺もそう思います。……この秘密は、誰にも言いません。偶然知り得てしまったことだけど……あんたを困らせたりしたくないから」

「ありがとうございます。……秘密の共有、ですね」


 ディアナが少し明るく言うと、二人を包む防音風魔法を解除していたエルヴィンはなぜか、驚いたように目を丸くした。


「……秘密の、共有……」

「ええ。……生徒であるあなたにこんなことをお願いするのは心苦しいですが、ひとまずは全員進級の目標を達成するまでは、私たちだけの秘密でお願いしますね」

「……。……そこまで言われなくても、分かってるし」


 ぷいっとそっぽを向いてしまったが、その赤金色の髪の隙間から見える耳は、ほんのりと赤かった。

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