25 癒やしの光
血が、赤が、飛んでいる。
(分かって、いたはずなのに……)
これまでの試験記録にも、記載されていた。
冬のグループ試験では、森の管理者が捕らえた魔物が使われる。その魔物は基本的に、厄介な魔法を使わない物理攻撃特化の種族のものに限られている。
だが……たまにいるのだ。見た目は普通の魔物だが、その内側に強力な闇魔法を秘めたものが。
そういったものは「変異種」と呼ばれており一度倒してもまた復活し、しかも――復活後の方が強くなる傾向にある。さらに厄介なことに、闇魔法も使ってくるものもいる。
闇魔法は光魔法と対極の位置にある属性で――その力は、他の属性を圧倒する。
闇の波動が放たれて、とっさにリュディガーが仲間たちを庇ったのだろう。リュディガーの銀髪が揺れ、ガフッと吐いた血が地面を染める。
「いっ……いやぁぁぁぁぁ!?」
「だ、だめだよ、ツェツィーリエさん! 声を上げたら……」
ルッツの制止も間に合わず、倒れたリュディガーから次の標的になったのは、悲鳴を上げてへたり込んだツェツィーリエだった。
赤く輝く目に見つめられ、ツェツィーリエが震え上がっている。
(っ……これは、もうだめだ!)
「先生! もうあの子たちは十分戦いました! 試験はここまでに――」
ディアナはそう叫んで椅子から立ち上がろうとしたが、大きな手がぐいっとディアナを椅子に押し戻した。
「だめだよ、イステル先生」
「アルノルト先生! でも、変異種が出るなんて……」
「アルノルトの言う通りだ。……ディアナ・イステル。ここで止めれば生徒全員が試験不合格になるが、それでいいのか?」
フェルディナントに続けて言ったのは、校長だった。
彼はこの戦闘風景にも眉一つ動かさず、光の壁の向こうを見ていた。
「生徒たちの方から敗北を認めない限り、教師は手出しをしてはならない。……それがルールだろうが」
「し、しかし!」
「これまでの試験にも変異種が出たことはあるし、生徒たちも倒しているからな」
(そんな……!)
ショックで頭がガンガンと鳴り始めたディアナだが、さすがこの状況を見かねたのか、魔法応用の教師が難しい顔で口を開いた。
「しかし、補講クラスの生徒が変異種を倒したという事例はありません」
「だからどうした? 補講クラスの生徒は落ちこぼれではないというのがディアナ・イステルの持論だろうが? ならばこれまでの他の生徒と同様に扱うべきではないのか?」
「そ、それはそうですが……」
校長には逆らえないのか、他の教師たちも険しい顔で黙ってしまった。
(みんな、傷ついているのに……!)
勝利を確信してからの反撃は、予想不可能だった。
象魔物はルッツたちが沈めた地面から這い上がり、リュディガーを踏み潰そうとする。
すぐにレーネが駆け出してリュディガーの体を引っ張り、少しでも足止めしようとルッツとエーリカが土魔法で土塀を作って応戦している。
ツェツィーリエも我に返ったようで、急いで雷魔法を放つ――が。
(っ、だめ!)
ただでさえコントロール力の低いツェツィーリエが動揺した状態で放った雷は、リュディガーを引きずっていたレーネに命中しそうになり、悲鳴が上がった。
「あ、あああ! やだ、レーネ! わ、わたくし……!」
「っくそ……ツェツィーリエ、引っ込め!」
「で、でも……きゃあっ!?」
象魔物の足が振り上げられ、ツェツィーリエの体が蹴り飛ばされた。
幸いすぐにレーネの氷魔法で壁が作られてツェツィーリエが吹っ飛ぶことは免れたが、再び象魔物の口から放たれた闇魔法の波動が、ルッツとエーリカも吹っ飛ばした。
「きゃあっ!?」
「う、うう……」
(もう……もういいよ!)
「っ……リュディガー! 降参しなさい!」
我慢ならずディアナが立ち上がって叫ぶが、上半身を起こしたリュディガーはキッとこちらを睨んできた。
「先生……! オレたちは、まだ……!」
「もういいの! これ以上傷つかないで!」
「いけません、イステル先生!」
駆け出しそうになったディアナを慌ててフェルディナントが背後から羽交い締めにして、さしもの教師たちも生徒の命の危険を感じたのか魔法剣を構える。
校長が「おい、おまえたち全員クビになりたいのか!」と叫ぶので、どさくさに紛れてディアナはつま先で土を蹴り上げて校長の顔にぶちまけた。
――その、直後。
傷つき倒れる生徒たちの頭上から、ふわりと暖かな光が降り注いだ。
象魔物がビクッとして後退する中、優しい光の粒を受けたリュディガーたちが起き上がり、驚きの顔で周囲を見ていた。
(あれは……回復魔法!?)
「アルノルト先生……?」
「いや、僕ではない」
振り返るが、まだディアナを拘束したままのフェルディナントが魔法を使えるはずがない。
彼も驚いたように周囲を見回していたが、やがてふわりと暖かな風が吹き抜けた。
「……悪い。遅くなった」
とん、と光の壁の向こうに着地したのは、赤茶色の髪を持つ青年。
彼を見て、リュディガーが血をペッと吐き出し乾いた笑いを浮かべる。
「は、はは……遅ぇよ、この馬鹿野郎」
「すまない。足止めを食らっていた」
青年――エルヴィンはそう言うと、さっと手のひらを仲間たちの方に向けた。
優しい光の雨を受けて、皆はおっかなびっくりしつつ立ち上がる。
「聖属性魔法……?」
「エルヴィン、あなたいつの間に第二属性を……?」
皆がつぶやくが、突然エルヴィンはぐっと胸元を押さえると倒れ込んでしまった。
「お、おい!?」
「……悪い。全力で戻ってきたし慣れない魔法をフルパワーで使ったから、ちょっと動けない……」
「……本当に、馬鹿野郎だ」
リュディガーは笑うと座り込んだエルヴィンの背中を一発殴り、象魔物に向かって魔法剣を構えた。
「……そこに座り込んでいる馬鹿への説教は後にして、このデカブツを今度こそ倒すぞ!」
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