23 補講クラスの戦い①

 冬の森はしんとしており、時々葉に積もった雪が滑り落ちる音がするくらい。そこにディアナたちが雪と土を踏みしめて歩く音が混じり、なんとも寒々しい。


「静か……ですのね」


 エーリカにぴったりくっつくツェツィーリエがつぶやくと、先頭を歩いていたリュディガーが振り返って頷いた。


「この森はそもそも、うちの学校の試験用に管理されているんだ。魔物がいると野生動物がいなくなる。だから、鳥も小動物もいないんだよ」

「……なんだか、動物たちに申し訳ないですね。私たちのためだけに、すみかを奪われたりして……」

「レーネらしいわね。……でも確かに、なんだかゾクッとするわ。寒いだけじゃなくて、なんだか……怖い……」

「先生たちは、すごいよね……こんな場所に何日もいるなんて僕、耐えられないよ……」


 皆、この森に不安を抱いているようだ。

 ディアナはこれまでにも小型魔物とは戦ったことがあるので、この森そのものに怯えるほどではないし、前世でも閉所や暗所は特に怖くなかった。


(でも確かに、なんだか嫌な予感はするわね……)


 やがて開けた場所に出たため、ディアナは念のためレーネに補食用のビスケットを食べておくように指示を出してから、待っていた教師たちのもとに向かった。

 その場には防寒着の着すぎのために丸々と肥えた校長の姿もあり、彼はディアナを見るとふんと鼻を鳴らした。


「お待たせしました。補講クラス……六人中五人、来ました」

「五人? ……ああ、案の定一人足りないのか」


 普段魔法理論を教えている初老の教師のつぶやきに、魔法応用の教師たちも肩を落とした。一人、フェルディナントだけは不安そうな顔でこちらを見てきたので、微笑みを返しておいた。


「では、イステル先生はこちらへ。知っているだろうが、担任といえど試験が終了するまでは一切の手出しや助言が許されない。あなたがそれを破れば、生徒全員を不合格とする」

「……分かりました」


 ディアナ用の場所には、小さな椅子が置かれていた。

 あそこに一度座ると、試験終了まで腰を上げることはできないのだ。


「……先生!」


 椅子の方へ向かおうとするディアナの背に、ツェツィーリエの声が掛かる。


「わたくしたち、全力を尽くします!」

「……そ、そうです。僕たち、頑張ります!」

「先生は安心して見ていてね」

「私たち、ちゃんと教わったことを生かします!」

「……一人欠けているのは残念だが、最後まで戦ってみせるさ」


 五人が、ディアナに向かって声を掛けている。

 その姿に、じわっとしたものが胸の奥から沸いてくる。


(……うん、私が皆を信じないと)


「……ええ! 皆の勝利を願っています!」


 ディアナは言い、椅子に腰を下ろした。その隣にフェルディナントが立ち、穏やかな微笑みを向けた。


「……いい生徒たちを持ったね」

「ええ、本当に……私にはもったいないくらいのいい子たちです」

「ふふ、よかった。……でも、一人足りないのは……残念だね」


 フェルディナントがつぶやいた直後。


 魔法応用の教師が自分の魔法剣を抜き、森の奥に向かって火花を飛ばした。

 ほぼ同時に魔法理論の教師がしゃがんで地面に手を触れると、生徒たちとディアナの間を遮るような光の壁が立つ。


(皆……頑張って……!)


 ごくっと苦い唾を吞んで、拳を固める。

 生徒たちはリュディガーの指示を受けて、前衛にリュディガーとレーネ、後衛に残りの三人という形に広がった。


 そして。

 ドスン、ドスンという重い足音が近づいてきて、木々の間からぬっと黒い塊が現れた。


 魔物は、何らかの動物に似た形を持っている。これまでにディアナが倒したことのある魔物は、多くが犬や狐、猛禽に似た形をしていた。


(でも、これは……大きい……!)


 現れたのは、見上げるほどの巨躯を持つ漆黒の魔物だった。

 体は黒くて目だけがらんらんと赤く輝いているのが、魔物の特徴。四足で歩いており、顔に該当する部分にはでろんと長いものがぶら下がっている。


(これは、象型……!)


 この世界に象がいるのかどうかは分からないが、見た目は動物園にもいる象によく似ている。

 過去の試験で出た魔物の種類は全て把握していたが、象型は動きこそ鈍感だがとにかく体が大きくて体力がある。


 そして――その性質上、多数の軽傷より重傷を負いやすい課題だった。


「……皆、落ち着け! ツェツィーリエが確実に打てるように、全員でサポートしろ!」


 既にルッツやエーリカは巨大な魔物を前にして腰を抜かしそうになっていたが、リュディガーが活を入れた。騎士の娘であるレーネもすぐに調子を取り戻し、魔法剣に氷の力を込めていた。


 五人の中で魔力が最も高いのは、ツェツィーリエだ。しかも彼女の属性である雷魔法は威力が高く、命中すれば巨大な象魔物でも一撃で倒せるだろう。


 だが、ツェツィーリエはとにかく魔法が当たりにくい。特に焦れば焦るほど命中率が下がり味方に当たりやすくなるので、「あなたはとにかく渾身の一撃だけに賭けましょう」と事前に指示していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る