22 試験場所へ
十二月十七日は、雲一つない晴天だった。
だが前日から降っていた雪は解けることなく、しかも晴れているためか朝からかなり冷え込んだ。
六日間ずっと試験の監督を務める先生たちは、森にある宿舎で休むことができる。
しかしディアナは補講クラス専門なので彼らと一緒に真冬の森に向かって歩き、夜になるまでに学校に帰ることになっていた。
そして、皆で準備をして校舎棟の玄関に向かったのだが――
「何をしておりますのよ、あのサボり魔は!」
全身もこもこ防寒着姿のツェツィーリエが叫ぶが、さすがに今回は他の皆もディアナも何も言えなかった。
(まさか、帰ってこないなんて……)
試験日までには帰ると約束したエルヴィンが、今朝になっても戻ってこなかった。念のために学校の事務部にも確認したが、遅延報告なども上がっていないという。
ツェツィーリエは朝からご機嫌斜めで、さしものリュディガーも険しい顔で「どういうことだ」とディアナに詰め寄ってきた。
「すみません、みなさん。前日には帰ってくると聞いていたので……」
「……先生を責めたいわけじゃねぇよ。ったく、あの馬鹿はどこで何をしてるんだ……!」
「帰ってこないのもそうだけど、無事なのかも心配だわ……」
エーリカのつぶやきに、ルッツも頷いた。
「そう、だよね。雪も積もっているし、どこかで足止めを食らっているのかもしれないよ……」
「心配よね。でも、帰ってきてくれないと私たちも困るし……」
皆口々に言うが、試験を五人で受けなければならないという不安だけでなく、エルヴィンが無事でいるかも分からないというのが気になるようだ。
(でも、不安でいると試験にも影響を及ぼす……)
ディアナの考えに気づいたようで、リーダー役を請け負っているリュディガーがパンパンと手を打った。
「おら、悩むのはそこまでだ! あの馬鹿が何をしているのかは分からねぇけど、オレたちは試験に取り組むだけだろ!」
「……それもそうだよね。ここで待っていても、仕方ないし……」
「皆で不合格になるわけにはいきませんものね。……こうなったら五人でも合格してみせましょう! ねぇ、先生?」
「……そう、ですね」
ひとまずは、リュディガーとツェツィーリエの言う通りだ。
このままだとエルヴィンは試験不参加で不合格になるが、彼一人のために他の五人を犠牲にしてはいけないと……ディアナも分かっていた。
(彼が帰ってこないことは、学校には伝えているし……まずは、目の前のことに集中しないと)
「……行きましょう。もしかするとシュナイト君も、遅れて到着するかもしれませんからね」
「そうだといいのですけれど、途中参加者などに手柄はあげませんからね!」
ツェツィーリエが強気に言うが……きっと、彼女なりにこの場を盛り上げようとしてくれたのだろう。
まもなく時間になったので、ディアナたちは雪で白くけぶる校庭へと足を進めた。
郊外にある森までは、道案内係がいたので問題なく進めた。
「ここが試験場所です」
「……なんというか。森、ですね」
レーネのつぶやきに、他の四人も頷いて同意を示した。
ディアナは事前研修の際にフェルディナントたちに連れられて一度訪れているのだが、確かに見るからに森という場所だ。
一応獣道はあって内部には休憩用の小屋などもあるが、雪を被った針葉樹がびっしりと生い茂る場所は、王都の中で育った者からすると異様な感じがするだろう。
(私は前世の学校行事で山に行ったりしたから慣れているけれど、この学校には貴族の子女も多いからね……)
案の定、高位貴族であるツェツィーリエは生い茂る森を見て顔を引きつらせていたし、ルッツも「暗くて怖そう……」とリュディガーの背中に隠れている。エーリカも不安そうな顔をしているので、平気なのはリュディガーとレーネくらいのようだ。
「ああ、来たか。補講クラスだな」
「はい、よろしくお願いします」
森の入り口に張ったテントの前にいたのは、ツェツィーリエほどではないが厚着をした男性だった。
彼はこの森の管理者で、毎年冬に試験を行う際に世話になっているという。
「既に魔物の準備はしている。……ああ、そうだ。一応地面はならしているが、ちょっとでこぼこした場所があるかもしれない。試験する分には問題ないし、あまり気にするなよ」
「分かりました」
「……あのー。なんででこぼこしてるんですか?」
ディアナの背後にいたレーネが尋ねると、管理者の男性は森の方を顎で示した。
「午前中に試験をしたグループが、かなり派手に戦ってな。……そういや何人か血まみれになっていたから、ちょっとくらいは痕が残っているかもな」
「ひっ、ひぃ……!?」
「おい、ルッツ。気絶するのは早いだろう」
話を聞いて青くなったルッツをリュディガーが励ましているが、レーネも余計なことを聞くのではなかったと後悔しているようで顔が青白い。
たとえ血まみれになっても、フェルディナントたちが手当をしてくれる。
……そうと分かっていても、怖いものは怖いだろう。
「……さあ、行きましょう」
ディアナは五人を送り出して――そっと、管理者に尋ねた。
「その。もしかして、ですが……赤金色の髪の男子生徒が先に来たりしていませんか?」
「いや、来ていないな。……もしかして一人足りないのか?」
「ええ、昨日までには学校に帰るということで外出許可を出したのですが……」
「そりゃあ、あんたが迂闊だったな。……もしかすると尻尾を巻いて逃げたのかもしれない」
男性が面倒くさそうに言ったため、思わず言い返しそうになったが――「あんたが迂闊だった」が胸にグサッと刺さったので、反論は呑み込んだ。
「……いえ、私はあの子を信じています。遅れて来た場合は、通してあげてください」
「分かった分かった。……毎年いるんだよなぁ、直前になって逃げるやつ」
あくび混じりに言われたディアナはそれ以上何も言わず、お辞儀をしてから生徒たちの後を追った。
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