21 エルヴィンの頼み

 冬のグループ試験の日程が確定して、補講クラスは十二月十七日の午後となった。


「ヒカリン」の世界は日本と同じで、はっきりとした四季がある。

 そしてソシャゲなので季節に応じたイベントが配信されて、海に行ったり山に行ったり行事の後には打ち上げをしたり仮装大会をしたりする。

 とんでもない異文化チャンプルーだが、日本製のゲームだから仕方ないだろう、とディアナは考えることにしていた。


 当然、十二月となると寒さも厳しくなる。

 冬のグループ試験では毎年、雪の積もる中を歩いて訓練地まで行くことになっている。そのため女子たちは早めに防寒着の準備をしていて、男子たちもいざというとき用のサバイバル道具を仕入れているようだった。


 ここ最近の授業もグループ試験に向けた準備に特化していて、「ひとまず今回は、お互いの長所を生かし短所をカバーできるように戦おう」と目標を立てていた。


 グループ試験にはディアナも同行するが、彼女が戦闘に参加することはもちろん、皆に指示を出すこともできない。


(リーダーはやっぱり、ベイル君に任せたいよね。ヴィンデルバンドさんはまだコントロール力が安定しないから、とどめの一撃のために集中させる。その間、他の皆でお互いを守りながら魔物を攻撃する……)


 授業であらゆる魔物に対する攻略方法を考えたが、所詮は机上の空論だ。


(それに、魔物と戦うのはほとんどの生徒たちにとって、初めてのこと……)


 事前に聞いたところ、少しでも魔物と戦った経験があるのはリュディガーとレーネだけで、エルヴィンも見たことがあるくらい。後の三人に至っては実物を見たこともないそうだ。


 学校の試験の一環で教師たちに見守られながらの戦闘なので死ぬことはないが、大なり小なりの負傷をすることは間違いない。


(怪我をした場合、ライトマイヤー君やブラウアーさんが逃げ腰になってしまうかもしれない。その場合は、トンベックさんやシュナイト君で負傷者を守らせながらベイル君たちに攻撃を任せて……)


「……すみません。ちょっといいですか、先生」

「……あら、シュナイト君」


 生徒たちの出払った教室に残り石版に戦略をあれこれ書き込んでいると、ドアのところからエルヴィンが声を掛けてきた。


 彼はあれから毎日授業に参加しており、職員室でも話題になっている。「なんとなくけだるげで積極性はない」という評価には苦笑してしまったが、いつも昼寝場所を探していた彼からすると大きな変化だ。


(シュナイト君の表情もいいみたいだし、これからも授業参加を続けてくれれば……っと)


「何かご用ですか?」

「……先生にお願いしたことがあるんです」


 そう言って教室に入ってきたエルヴィンは何かを手にしており、それをディアナに差し出した。


(これは……えっ?)


「外出許可書……?」

「はい。しばらくの間、学校を離れたいのです。事務からは、補講クラスなら担任からサインをもらうようにと言われました」

「え、ええと……それは、ご家族に何かあったとかですか?」

「……いえ」


 エルヴィンが口ごもる。

 それもそうだ。


(だって、これに書いている外出期間って……グループ試験の前日までじゃない!)


「それでは、どういうことですか。こんな大事な時期に学校を離れるなんて……」

「すみません。でも、どうしても試験までに行きたいところがあるんです」


 エルヴィンはうつむき気味だが、目は真っ直ぐディアナを見ていた。


「前日までには用事を終わらせて、当日には間に合うように帰ってきます。ですので……サインをお願いします」


 エルヴィンは、真剣だ。

 ディアナは目をすがめて許可書を見て、ゆっくりと首を横に振った。


「……。……行かせたくは、ありません」

「先生……」

「どうしても、行く必要があるのですか? 試験後ではなくて、前じゃないといけないのですか?」

「はい。……むしろ、試験のために行っておきたいんです」


 ためらいがちだが、自分の意見を曲げるつもりはないようだ。


(試験のために……どうしてもやりたいというのね)


 ディアナはしばし、外出許可書とエルヴィンの顔を見比べ――そして、反対することを諦めた。


「……分かりました。サインしましょう」

「……ありがとうございます」

「でも、約束してください。必ず、試験に間に合うようにすること。それと……」

「はい」

「……無事に、帰ってきてくださいね」


 ディアナが言うと、エルヴィンは目を丸くしてしばしぽかんとしているようだったが、やがて目線を逸らして頷いた。

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