14 誰にでも事情はある
エルヴィンが去った後のディアナは一つため息をついたが、やがてバルコニーのドアが開いた。
「……あ、やっぱりお一人だな。さっきエルヴィンとすれ違ったんだよ」
そう言ってやって来たのは、リュディガー。
「今日はありがとうございます、ベイル君。おかげでシュナイト君と話せました」
「どーも。……で? あいつ、ちゃんと会話したか?」
「しましたよ。彼の気持ちも分かりました」
「そりゃよかった」
そう言いながら、リュディガーは先ほどまでエルヴィンが座っていた席に腰を下ろした。
「ベイル君、あなたとのお茶会は明日では……」
「ちょうどいいし、今済ませちまおうよ。茶はいいから」
そう言うとリュディガーはエルヴィンが使っていたカップを押しやり、テーブルに肘をついてディアナを見てきた。
(うーん、さすが人気投票一位のご尊顔。我が教え子ながら色気がプンプンしてるわね)
「……そういや、先生にはまだ言ってなかったっけ。今年の前期にオレがやらかしたことについて」
リュディガーの方から切り出してくれたので、ディアナは頷いた。
「私もざっくりとしか伺っていません」
「だよな。……職員室でオレのことは多分、女性がらみでやらかして指導を受けた問題児扱いされているんじゃないかな?」
まさにその通りだ。
フェルディナントなどはともかく、教員の中にはリュディガーのことを「極度の女たらし」などと悪く言う者もおり、聞いているだけで気分が悪くなっていた。
(でも、私も実際に何が起きたのかは知らなかった……)
ゲームでも、リュディガーが一年生の頃の話はほとんど出てこなかったはずだ。
「……私から見たあなたは、同級生をまとめて喧嘩の仲裁もしてくれる頼れる生徒です」
「そりゃどうも。……まあ、先生にはそう見られてほしいと思ったからそう振る舞っただけなんだけどな」
「本当は違うのですか?」
何やら意味深な言い方と共に注がれた流し目はスルーして問うと、リュディガーは「そういうこと」と笑った。
「ここだけの話だけど。……オレが前期にやらかした件って、簡単に言うと冤罪なんだよ」
「……。…………え?」
「びっくりした? 今の先生、きょとんとして可愛い顔してんなー」
「そ、それはいいから。……冤罪なら、どうしてそうと言わないのですか?」
声を潜めて問うと、リュディガーは少し遠い眼差しになった。
「……言いたくても言えないんだよ。オレの実家は商会なんだけど、そこのお得意様の息子が、二年生にいるんだ。それで、今年の……七月だったかな。休日にそいつに誘われて市街地に行ったら、ちょっといかがわしそうな店に連れて行かれそうになってな」
「そ、そうですか。それは……大変でしたね」
「そう、大変大変。オレ、これでも異性関係でも真面目でありたいと思う質でね。しかも学生の身分だしそういう店に行く気はなかったんだが、実家のことを考えると断れなくて。……で、どうやって逃げようかと思っていたらその二年生が、店の女性と揉め始めた。惚れた腫れた別れる別れないだのって喧嘩していてな。それで警吏が来たんだが、二年生はオレを身代わりにして逃げた。以上、説明終わり」
「……本当の本当に冤罪じゃないですか! 信じられない!」
思わず声を上げるが、リュディガーはからからと笑った。
「あんたならそう言ってくれると思ったよ。……でも、そいつに脅されたんだ。実家同士のつながりをなかったことにしたくなければ、大人しく罪を被れ。そうすれば、お得意様のままでいさせてやる、ってね」
「……だからあなたは、冤罪を……」
「そ。……うちの商家は、両親が必死になって興したんだ。だから、こうするしかなかったんだ」
リュディガーは頬杖をつく腕を変えて、ふうっと息を吐き出した。
「万が一オレがこのまま勘当されても、弟がいる。あいつがここに入学するのはまだ何年も先のことだから、その頃にはオレの悪名も風化している。……だから、補講クラスに入れられてもなんとかやってやるんだ。真実を伝えることはできなくても、泥臭く這い上がってやることはできるからな」
(……ここまで、だったなんて)
ディアナは、テーブルの上に視線を落とした。
「ヒカリン」ではリュディガーのルートも何回もプレイしたが、ここまで深いことは言われなかった……はずだ。
もしかしたらゲームの彼はこの問題をなんとか乗り越えたのかもしれないが、いざ現実として話を聞くとその重さに胸が苦しくなる。
「……あなたは本当に、この件を皆に明かすことは望まないのですね」
「ああ、これっぽっちも。でも、なんだかおまえには聞いてほしくなってな。おまえも若いレディだというのにこんな臭い話を聞かせて、悪いな」
「いいえ。もし、話すことであなたの気持ちが少しでもすっきりしたのなら、聞いてよかったと思います」
「……はは。おまえって本当に……甘っちょろいよな」
リュディガーは笑うと、「なあ」とつぶやいた。
「おまえ、オレたち六人全員を進級させる気でいるの?」
「……そうですね。難しそうな人もいますが、そうなればいいと思っています」
「そうかい。じゃ、オレもおまえの目標が達成しますように、ってお願いはしてやるよ」
「ありがとうございます。……それだけで十分です」
ディアナが言うと、リュディガーもからりと笑った。
それは、いつも彼が見せる頼れる兄貴分らしい笑顔だった。
担任教師であるディアナとの茶会を終えたリュディガーは、バルコニーを出て廊下を曲がったところで赤金色の髪のクラスメートとかち合った。
「うおっと。なんだ、おまえまだいたのか」
いつもディアナから逃げて昼寝場所を探しているエルヴィンは、基礎体力こそリュディガーには及ばないが隠遁能力に長けている。だからリュディガーもディアナから「シュナイト君を連れてきてほしい」と言われてしらみつぶしに探すのではなく、食堂で待ち構えていたのだ。
エルヴィンはむっつりと頷くと、今し方リュディガーが出てきたバルコニーに続くドアの方を見やった。
「……あんた、先生になついているんだな」
「ん? ああ、まあな。あそこまで一生懸命になられたら、協力もしたくなるだろ? それにおまえと違ってオレは、進級する気があるし」
別にエルヴィンを貶そうと思ったからではなくて純粋な事実として言うと、エルヴィンはゆっくり頷いた後に目線を逸らした。
「……少し、意外だと思った」
「オレが先生に協力することが、か?」
「ああ。……あんた、面倒見はいいし周りへの気遣いもできるけど、ここまで自発的に動くやつではないと思っていた」
「んー、そうだな。オレ自身、結構驚いているところもあるかもな」
どこか感慨深げにつぶやいた後、リュディガーは「さて!」と手を打った。
「おまえ、いつになったら授業に来るんだ? いつもおまえの席が空いていて、先生が悲しそうにしてるんだぜ」
「……あそこまで必死になっているところを見ると、申し訳なくも思う。だが……」
「……そうかい。ま、オレごときの説得では無理だとは分かってたけどな」
リュディガーは薄く笑うと、エルヴィンの肩をぽんと叩いた。
「でもまあ、先生のことがちょっとでも気になるのなら、一度くらいは顔を出してやれよ。……先生、わりと本気でオレたち全員の進級を願っているみたいだし」
「……」
エルヴィンは何も言わなかったが、リュディガーは特に気にした様子もなく「じゃあな」と言うと、立ち去った。
エルヴィンはリュディガーの背中を見送り、そしてバルコニーの方へ視線を滑らせた。今、彼女は一人でティーセットの片付けをしているのだろう。
「……悲しませたいわけでは、ないけど」
エルヴィンはため息をつくと、ゆっくり歩き出した。
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