8  難航する指導②

「…………はぁ」

「お疲れ、先生」


 思わず漏れてしまったため息を、色男は聞き流さなかったようだ。

 リュディガーはぽんっとディアナの肩を叩き、苦笑した。


「俺が言うのもアレだけど、うちの連中が迷惑を掛けてるな」

「……本当に、あなたが言うことではありませんよ。あなたは一生懸命頑張ってくれますし……」

「はは、そりゃあ困っている人を見つけたらつい、手を貸したくなってしまうんだよ」


 リュディガーは笑って言うと、少し距離を詰めてきた。


「そういえば。エルヴィンのやつには、会えたのか?」

「……初日に見たっきりです」


 ディアナは昨日も今日も空き時間にバルコニーを訪れたのだが、エルヴィンの姿はなかった。おそらくディアナに探されるのが嫌で、寝る場所を変えたのだろう。


 ディアナの返答に、「やっぱそうか」とリュディガーは肩を落とした。


「いくら先生がやる気でも、本人にそのつもりがないのならどうしようもないよな。……オレの方からもエルヴィンに言ってやろうか? いつも逃げ回っているあいつも飯は食うし、学生食堂で会えるからさ」

「ありがとうございます。でも……できる限り、私の方から声掛けをしていきたいです」


 リュディガーの言い方からして、彼は多少なりとエルヴィンとの関わりがあるようだ。それにクラスメートの面倒を見る兄貴肌でもあるようなので、頼りになりそうだ。

 だが、すぐに彼に泣きつくのは担任として、大人として恥ずかしかった。


 ディアナの返事を聞くと、リュディガーは満足そうに笑った。


「そっか。……おまえってもっと頼りないと思っていたけど、案外骨が太いのかもな」

「細腰だと教師なんてやっていられませんよ」

「そりゃそうだな。……ま、無理しない程度に頑張れよ。ツェツィーリエの癇癪を受けたりルッツを探したりするくらいなら、オレにもできるから」

「……ええ、ありがとうございます」


(……そういえばゲームでのリュディガー・ベイルも、お色気担当ではあるけれど男らしくて頼れる面もあったんだっけ)


 ゲームのスチルでは服が半分脱げたようなショットがあったし、ガチャを回して手に入るヒロイン用の衣装でも胸元ぱっくりなどのセクシー系を着ると特殊な台詞を聞けたりと、彼に関することは他の攻略対象キャラよりも艶めいていた。


(彼は見た目も中身も大人で、よく気が利く生徒なのね……)


 これでもまだ十七歳、ゲーム内でも十八歳そこらだというのが恐ろしい。数年後の彼は、一体どんな色男になるというのか。


 リュディガーはルッツを探しに行くようなので、練習する人がいなくなった。これなら、ツェツィーリエを呼んでもいいだろう。


 そう思って、ディアナは木陰の方に行ったのだが――


「ヴィンデルバンドさん。今は空いているので、練習を――」

「……破廉恥だわ」

「えっ?」


 目を瞬かせると、エーリカの隣に座っていたツェツィーリエはぱっと立ち上がると、頬を赤らめてディアナを睨み上げてきた。


「……あなたまさか、授業中だというのにリュディガーに言い寄っていましたのね!?」

「え? まさか」

「でも先ほど、あんなに近い距離で……」

「誤解です」


 ツェツィーリエの言わんとすることはだいたい分かったので、冷静に否定する。


(こういうのって、ムキになったり慌てたりしたら「やっぱりそうなのね!」って言われるオチなのよね)


 これに関しては前世に体験済みだ。そして、ここで下手に「ヴィンデルバンドさんはベイル君のことが好きなのですか?」などと突っ込まない方がいいのも分かっている。


「ヴィンデルバンドさんからすると、授業中にいけないことをしているように見えてしまったのですね。でも、そういうことは絶対にないので安心してください」

「っ……二度はないですからね!」


 ツェツィーリエは真っ赤な顔のまま吐き捨てると、ずかずかと訓練場の方に行ってしまった。


 残されたディアナはしばしぽかんとしていたが、エーリカが小さく噴き出した。


「あらまあ。ツェリったら勘違いしちゃったのね」

「……まあ、授業に熱心なヴィンデルバントさんなので、過敏になっても仕方がないですよね」

「そうね。……ああ、そうだわ。先生、昨日の宿題のことでまた、質問してもいいかしら?」

「ええ、もちろんです――」


 よ、の音は、ツェツィーリエが派手な雷を落として標的物ごとテーブルを破壊した音でかき消されてしまった。

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