7  難航する指導①

 かくしてディアナはくせ者揃いの一年補講クラスの担任を始めた、のだが。


「ちょっと! わたくしがやろうとしているのに邪魔しないでくださる!?」

「ご、ごめんなさいいいい! あの、でも、次は僕の番で……」

「いーえ! さっきのわたくしは調子が出なかっただけです。今はいけそうなのだから、邪魔をしないでくださいまし!」

「おーい、ツェツィーリエ。そりゃあさすがに横暴じゃねぇか? ほら、ルッツが泣くぞ」

「わ、わたくしが泣かせたとでも言うのですか!?」

「いや、おまえ以外に誰がいるんだよ」

「ほら、喧嘩はしないのよ。……あら、レーネ。またお菓子食べてるの?」

「……お腹がすいたもん」


(……さて、どこから声を掛けようかな)


 後期課程が始まって三日目、夕方の補講時間。


 現在ディアナはクラスの生徒五人を連れて、訓練場に出ていた。

 座学系なら教室で行えばいいが、実技では広々とした場所を使いたい。ツェツィーリエのように魔力とコントロール力のバランスが壊滅的な生徒がいるので、余計に。


 今日は、遠くにある的に向かって魔法を放って当てる、という練習を行っていた。これは過去に子どもたちに魔法を教えていたときにも行っていたことで、コントロール力を鍛える基礎になる。


(魔法実技そのものについては、ベイル君やトンベックさんは問題ないのよね)


 そもそもリュディガーは素行不良、レーネは菓子食いだけが問題だったので、この二人はやるべきことはそつなくできる。またエーリカは学力は低いし行動もゆっくりめだが、実技に関しては特に問題ない。


 困ったのは、ルッツとツェツィーリエだ。ルッツに関しては実技は並程度、筆記系だと上位成績を収められるくらい優秀だ。

 だが極度のあがり症で怖がりなので、少しでもプレッシャーを感じると怯えてしまい、何もできなくなる。聞いたところ、彼が前期試験で逃亡したのもプレッシャーに耐えかねての行動だったようだ。


 そしてツェツィーリエは、魔力に関してはクラスで一番どころかこの学年でもトップクラスだ。座学も得意で、貴族令嬢として芸術や馬術なども広くたしなんでいる。


 問題なのは、その壊滅的なコントロール能力。

 彼女は雷属性なので、目の前の地面に掘った穴に向かって雷を落とせ、という指示を出せば訓練場の大地がえぐれるほどの落雷を放ち、雷の衝撃波を前に向かって出すよう指示すれば自分の後ろに立っていたレーネに命中させる。


 そして今のように遠くの標的物に魔法をぶつける課題では、周りに生えている木々をなぎ倒したり、もしくは標的物を置いているテーブルごと丸焦げにしたりしていた。

 近くを歩いていたリュディガーに命中しそうになったときはさすがに彼に「おまえ、わざとだろ!?」と怒鳴られて、「偶然です!」と言い返していた。


(ヴィンデルバンドさんの場合、焦りもあるみたいなのよね……)


 彼女の様子を見てなんとなく分かったが、苦手な魔法実技を行っているときの彼女の横顔は、いつも真剣――だが、ときにはそれが苦悶の表情にも見えた。


(アルノルト先生曰く、ヴィンデルバンド侯爵家は名門だから彼女は家族に迷惑を掛けたくなくて必死になっているんだろう、とのことだったけれど)


 ふう、と息をつき、ディアナはまだリュディガーと口論をしているツェツィーリエの肩に触れた。


「ヴィンデルバンドさん。一旦下がりましょう」

「いいえ、わたくしはまだできます!」

「そうではありません。……先ほどベイル君も言っていたように、今はライトマイヤー君の番ですよ」


 ディアナがはっきりと言うと、ツェツィーリエの瞳に不服そうな色が浮かんだ。

 それに一瞬ドキッとしたが、彼女は無表情になるとディアナの手を振り払い、木陰に座っているエーリカのところに行ってしまった。


(……間違いなく、ヴィンデルバンドさんからの好感度が下がった……)


 正しい指摘をしたはずだが、精進しようと焦るツェツィーリエからするとディアナの介入は邪魔でしかなかっただろう。

 だが、一度出した指示は撤回できないのだから、今やるべきことをしなければ。


「……さあ、ライトマイヤー君。あの的に当ててみましょう。あなたは土属性なので、つぶてを飛ばして……」

「……あ、あの、あの。僕、いいです。遠慮します……」

「えっ、どうして?」


 今は彼の番だから、遠慮なくすればいいのに。そう思い、ディアナは手のひらから小さな氷の粒を出して的に向かって投げつけてみせた。

 ディアナは氷属性だが、土属性のルッツも同じ要領でつぶてを飛ばせるはずだ。


 だがルッツは青い顔でぷるぷる震えながら、木陰の方をちらちら見ていた。


「だ、だって、ツェツィーリエさんが怒りますよ……」

「なんでですか。今はあなたの番なのですよ」

「でも、今はよくても、後で睨まれたり……ひいぃ……!」

「あ、こら!」


 限界が来たのか、ルッツは逃げ出してしまった。いつもビクビクしている彼だが、逃げ足はとてつもなく速い。


 あっという間に訓練場にいるのはディアナとリュディガー、そしてレーネだけになったが、レーネは座り込んで菓子を食べている。マイペースなのか、ここまでのドタバタを前にしても我が道を突き進んでいた。

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