9  担任教師の悩み

 スートニエ魔法学校の一年生は、四回試験を受ける。


 まずは、入学してすぐの春の個人試験。ここで教師も、生徒のだいたいの学力を把握する。


 そして、九月の前期試験。ここで成績最下位級だった者や素行不良の者、その他何かしら問題ありと判断された生徒は補講クラスに入れられる。


 そして三月の進級試験の前の十二月には、冬のグループ試験がある。

 ここでは一学年の生徒を五、六人ごとのグループに分けて冬の森に遠征に行かせる。そして教師たちが見守る中、皆で協力して魔物を倒すことになっていた。


 この世界には魔物がいて、ゲーム「ヒカリン」でも主人公は光属性の魔法を鍛えて魔物退治を行うことになる。

 これらの試験であまりにも成績が悪いとゲームの進行が止まるし、ぎりぎり通過だと恋愛ルートには入れない攻略対象もいたりする。


 学校には貴族の子女もいるが、「人の上に立つ者は、民を守るために戦の知識を付けなければならない」ということで、男女身分問わず魔物と戦わせる方針となっているという。


 なお、補講クラスの生徒に関しては既に六人なので、グループ解体はせずにこのメンバーで魔物退治をする予定だ。


「三月の進級試験で三人以上を進級させるのが君にとっての目標だろうけど、まずはこのグループ試験をクリアしないとね」


 職員室でディアナにそう言うのは、フェルディナント。校医で聖魔法の使い手である彼も毎年グループ試験に同行して、負傷者の手当をしてきている。


 だが、試験中に教員が手出しをすることはできない。

 生徒たちで魔物を倒すか、もしくは全員が降参して代わりに教員が魔物を倒すかするまで、フェルディナントといえど負傷した生徒の治療をすることはできないのだ。


 ディアナも過去に何度か、「これも領主の責務だ」と言う両親に連れられて、男爵領に出没した魔物を退治したことがある。だが貴族の娘であるディアナに任されるのは小型の魔物くらいで、試験では生徒五、六人で倒せるような魔物が相手になる。


(冬のグループ試験で死人が出たことはないそうだけど、負傷者は毎年出る。そして、一年補講クラスに聖属性の魔法を使える生徒はいないから、あの子たちが協力して魔物を倒すまでは、誰にも怪我を治してもらえない……)


 温かいココアのカップを手にディアナが黙っていると、フェルディナントが心配そうに顔を覗き込んできた。


「……君が担任するようになって半月経ったけれど、クラスはどんな感じかな?」

「……あまり、いいとは言えません」


 魔法実技ではリュディガーは味方でいてくれるし、レーネやエーリカも中立派だ。だがとにかくツェツィーリエへに声掛けに困るし、かと思ったらルッツが真っ青な顔になって逃げてしまう。


 そして座学となると逆に、勉強が苦手なエーリカが立ち止まってしまう。リュディガーやツェツィーリエは放っておいてもよくできるが、だからといって誰かに教えるのは苦手らしい。

 そして座学が得意なルッツがたまにツェツィーリエよりも早く問題が解けたりすると、「ツェツィーリエさんを怒らせる……!」と怯えてしまう。そしてレーネはやはり気がつけば何かを食べているし、エルヴィンも現れない。


 ディアナのつぶやきに、フェルディナントは「そうか」と優しく相づちを打った。


「僕たちも、イステル先生の頑張りはよく分かっているよ。毎日遅くまで自室で授業の準備をしているよね?」

「……でも、努力が結果につながらなければ意味がないんですよね」


(……そう。それこそ、初日にヴィンデルバンドさんに言われたように)


 デスクに視線を向ける。そこには、生徒六人の名簿と授業計画表や教材が散らばっていた。


 今日の夕方の補講時間では、皆で魔法応用授業の復習をした。この教科で生徒が教わるのは、魔法剣という武器の扱い方だ。


 魔法剣はファンタジー小説に出てくる魔法の杖に近い扱いで、刀身に魔力を込めて魔物と戦うだけでなく、自分の魔力を安定させてより正確な魔法を放つための道具にもなる。


 魔法剣はたいてい、十八歳の成人を迎えた次の年度の四月に自分用のものをあつらえることになる。

 魔法剣は国民ならば誰でも一振り持てるようになっており、最低価格のものならば貧民層でも、申請すれば購入できる。もちろん、貴族たちはより上質なものを自分で注文する。ディアナも、三年前に両親に買ってもらった愛剣を腰に提げている。


 スートニエ魔法学校では魔法剣の扱いを学ぶ魔法応用の授業があるので、生徒たちは特別に入学時一振りずつ学校から借りている。

 この扱いには当然運動神経などがものを言い、補講クラスだとリュディガーがぶっちぎりで優秀だった。侯爵令嬢であるツェツィーリエも非力だが魔法剣の扱いはうまくて、騎士の娘であるレーネも剣術は得意だと言っていた。


 ここで困ったのは、臆病なルッツとおっとりしているエーリカだった。ルッツは剣を握らせるので精一杯だし、エーリカは不器用なのか剣の構えの形からして不安しかない。


 ディアナとしては魔法剣が苦手な二人にじっくり教えたかったのだが、ここで珍しくツェツィーリエとレーネが「もっと先をやりたい」と意見を一致させてしまった。

 そこにリュディガーも交えて口論になり、最後にはツェツィーリエの「愚図に付き合っていられないわ!」発言によりルッツとエーリカが泣いてしまった。


(あれにはさすがにヴィンデルバンドさんも後悔していたけれど、その後彼女も泣き出してしまって、どうにもならなくなったのよね……)


 ルッツはリュディガーが、女子二人はディアナとレーネが慰めることでなんとかなったが、帰り際も五人の空気は気まずかった。


 よかれと思って計画した授業なのに、三人を泣かせる結果に終わってしまった。

 そう思うと目尻がじわっと熱くなり、慌ててハンカチで目元を押さえた。


「……あ、はは。だめですね、こんな、うまくいかないからって……」

「そんなことないよ」


 優しい声と共に、頭の上にそっと大きな手が乗った。ふわりと漂うのは、大人の男性が好んで身につけるコロンの香り。


「君はよく頑張っているし、僕は君の方針が間違っているとも思わない。……もっと胸を張っていればいいよ」

「……でも、それだけではだめだったんです……」

「うーん……そうだな。まずは、生徒たち一人一人をもっとよく見てみたらどうかな?」


 フェルディナントの声に、顔を上げ――ようとしたが、大きな手によって阻止された。

 顔を上げなくていいからこの格好のままで聞け、ということか。


「ほら、君はちょっと前に、サボり魔神のエルヴィン・シュナイト君から事情を聞き出したんだろう?」

「え、ええ。といっても、自分の意思で退学処分を受ける気だということくらいですが……」

「うん、そうそう、それ。……君はちゃんと、生徒に向き合えただろう? それと同じように、後の五人にも接してみればいいんじゃないかな」


 フェルディナントの言葉に、ディアナははっと息を吞んだ。


(生徒に、向き合う……)


 サボり魔、女性がらみの素行、臆病、コントロール不足、菓子食い、勉強苦手。

 個性に満ちた――少々満ちすぎているくらいの、六人の生徒たち。


(……私、まだ皆のことをちゃんと知れていない……)


 エルヴィンのサボりの理由がなんとなく分かったような、「なぜこの子はこうなのか」という問いかけを、十分にしていなかった。


 急に目の前が晴れたような気持ちになって顔を上げると、今度こそ阻止せずにフェルディナントは笑った。


「何かヒント、得られた?」

「……はい! ……あの、アルノルト先生。私、やりたいことができました」

「へぇ、何かな?」


 どこか楽しそうなフェルディナントに、ディアナは言った。


「教育相談です!」

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