4 一年補講クラス①
現在は秋休み中で、生徒たちは実家に帰っていたり旅行に行っていたりするので、彼らと関わることはなかった。
そういうことでディアナは後期の授業が始まるまでの間、授業の準備をしたりフェルディナントの案内で学校を歩いたりする傍ら、今後の自分の振る舞い方について考えることにした。
(六人中三人を進級させられたら、正式採用。……でもそうすると、入学するヒロインと接点を持つことになってしまう)
王都で日用品の買い出しをした帰り、紙袋を抱えて歩きながらディアナは思案する。
もちろん、ヒロインをいじめなければいい話だし、それすら嫌なら去年の補講クラス担任のようにさっさと辞めてしまうという手もある。両親には申し訳ないが、クビになるよりは自主退職したいところだ。
(校長の言う通り三人以上を進級させてから、自主退職……もしくは、わざと生徒たちの指導の手を抜くか)
そこまで考え、ぶんっと首を横に振る。
(私の馬鹿! 自分の勝手な都合で子どもたちを退学処分にさせるなんて、とんでもない!)
となるとやはり、最低でも三人は進級できるように指導する必要がありそうだ。
(といっても、名簿を見る限り皆くせ者揃いで……うわっと!?)
考え事をしていたら、すれ違いざまに通行人とぶつかりそうになった。まだ若いディアナは反射で踏ん張れたが、相手の方は「おおっ!?」と裏返った声を上げてよろめいた。
(危ない!)
すぐに荷物を片腕で抱え空いた手を伸ばして腕を掴んだので、相手は転ばずに済んだ。
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
「おお、すみませんな、お嬢さん」
相手はフードを目深に被った老人だった。そろそろと腕を離したがもう大丈夫そうで、彼は「失礼しましたな」と言って去って行った。
(……考え事をするなら、部屋でゆっくりやった方がいいわね)
ひとまず今日買いたかったものは買えたし、両親への手紙も送った。二人とも、娘が名門学校の講師になるということで誇らしい反面、出発の日の朝もそわそわしっぱなしだったのだ。
そんな両親を心配させたくないので、手紙には補講クラスのことや正式採用の条件などについては一切記さず、前向きなことだけ書いておいた。
(前世は親孝行どころか祖父母孝行もできなかったから、今の家族は大事にしたいな……)
地球と同じ暦を持つこの世界では、十月の半ばから後期課程が始まる。
だが日本の学校と違ってわざわざ始業式や終業式のようなものは存在せず、新任教師としてディアナが全校生徒に紹介される機会はなかった。教室に行ってお互い初顔合わせ、ということになるようだ。
ディアナは補講クラスの担任になるが、日本の小中高校における担任の先生とは少し役割が違う。
この世界も地球と同じで一週間は平日五日、休日二日の七日間。スートニエでは一日に一時間授業が四コマあり、それに加えて朝と夕方の四十五分間は自習時間となっている。
補講クラスの生徒は基本的には他の生徒と同じように授業を受けるが、この半分自由時間のような自習時間が補講時間になり、必ず教室に来てディアナと一緒に勉強する。他の生徒よりも勉強時間を増やして、進級試験に挑めるようにするということのようだ。
ディアナはその朝と夕方の補講時間の他、生徒たちが魔法実技の授業に行く際には同行するし、他にも適宜彼らの授業風景を見に行くようにと言われている。
ディアナは広く浅く彼らを指導しなければならないので、専門科目以外でも彼らの様子を見ておいた方がいい、とフェルディナントから教えてもらっていた。
講師であるディアナは校長から、「試用期間の半年は、補講クラスの生徒どもの進級だけに専念しろ」と言われているため、他の生徒の授業を持つことはない。そこまでさせられたらさすがにキャパオーバーになりそうなので、これだけは校長の命令に感謝した。
(できる限りの準備はしたわ……)
初授業の日の朝、ディアナはきっちりと身だしなみを整えた。
スートニエ魔法学校には、生徒にも教師にも制服がある。生徒の制服は日本の高校生のものを西洋風にアレンジしたもので、男子はスラックスとジャケット、女子は膝下丈のスカートと男子と同じデザインのジャケット。
日本製ソシャゲらしさがありつつ西洋風の衣装も取り込んだ華やかなデザインを、ディアナは結構気に入っていた。
一方教師の方は、男性も女性もファンタジーゲームに出てくる魔法使いのような衣装が制服として与えられていた。男性は裾の長いローブで、女性はノースリーブのロングドレスだ。
ロングドレスは艶のある紫色で、左腰付近から入った深いスリットの隙間から下に穿いた白いロングスカートが見えている。
二の腕にはロンググローブを着用しているので案外見える肌面積は狭いが、ドレスの胸から腰にかけてはなかなかタイトなので、セクシーなシルエットになる。
(……今世の私は前世よりはスタイルがいいけれど、それでも他の先生たちよりは貧相ね……)
同僚の女性たちは皆、男子生徒なら目のやり場に困りそうな蠱惑的なスタイルを持っていた。彼女らに比べてディアナがやや貧相なのは、自分がゲームの悪役だからだろうか。
だが、元々不健康で最後には病気で骨と皮のような体になっていた前世よりはずっと、魅力的なボディだと思う。
艶のある栗色の髪は後頭部でくくり活動しやすいようにして、ゲームのディアナほどではないにしろ大人の女性のたしなみとして化粧もする。腰にベルトを着けて剣を提げたら、準備完了。
鏡に映る自分の姿を確認してから、教材の入った鞄を背負った。
(……そういえば、前世の私も初めて教室に行くとき、すっごく緊張していたっけ)
新任教師だったため一年目は副担任になり、二年目で担任を任された。あのときも緊張しながら教室に向かったものだ。
(まずは、笑顔、笑顔ね。六人の生徒たちと、良好な関係を築きたいし……)
教室棟の廊下ですれ違う他のクラスの生徒たちは、ディアナの方をちらっと見るだけだった。
フェルディナント曰く「教員の入れ替えは珍しくない」ということなので、新顔が来てもいちいち気に留めたりしないのだろう。
他の生徒たちが自習教室や図書館、訓練場などへ向かう中、ディアナが向かう先は校舎棟一階の隅にある一年生補講クラス。
前期試験で成績不良だったり素行に問題があったりする生徒たちが集められる部屋。
(……行こう!)
深呼吸をして、ドアを開く。ちょうど、始業の鐘が鳴った。
補講クラス用の教室は、そこまで広くない。前世で赴任した中学校の教室よりも狭いくらいだ。
そこには三人掛けの長机が二つあり、朝の補講時間ということで既に五人の生徒が座っていた。
(一人いない。……予想していたけれど、前期全欠のエルヴィン・シュナイト君は早速欠席かな)
「みなさん、おはようございます。これから半年間、みなさんの担任をすることになったディアナ・イステルです」
『先生の笑顔、好きだよ』と前世の教え子たちが言ってくれたことを思い出しながら笑顔を努めて、生徒の顔を順に見る。
数名は緊張しているのかディアナに見られると視線を逸らしたが、他の生徒はじっとこちらを見てくれている。
「新任ですが、皆が二年生になれるように私も頑張りますので、よろしくお願いします」
「……新任、ねぇ」
ふう、とため息をついたのは、前側の長机の右端に座る――名簿で番号一番だった女子生徒。
真っ赤な髪は見事な縦ロールで、少しきつそうな印象のある金色の目を持つ、かなりの美少女だ。
(彼女が、侯爵家のツェツィーリエ・マルテ・ヴィンデルバンドさんね)
本名が長いし発音もしにくいが、きちんと生徒の名前は覚えている。
ツェツィーリエは机に頬杖をつき、じろじろとディアナを見てきた。
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