5  一年補講クラス②

「……あなた、本当にわたくしたちの指導ができますの? わたくしたち、進級できなければ退学処分ですのよ?」

「……はい、尽力します」

「尽力したとしても結果が出なければ意味がないわ。……あなたがわたくしたちの未来を背負っているということの意味、よく考えなさいませ」

「……あのー、ツェリさん。先生も頑張ってくれるんだろうから、そこまで言わなくていいんじゃないかなぁ」


 おずおずと言ったのは、ツェツィーリエとは対称的な位置にいる濃い緑色のボブヘアーの女子生徒だ。

 彼女が、授業中に菓子を食べるということで厳重注意されているレーネ・トンベックだろう。


「先生だって初めてここに来たらしいし、きっと緊張してるし……」

「関係ありません! ……わたくしこそ、このクラスに新任教師があてがわれたことに不安しかないのですからね!」

「おいおい、そこまで言うなよツェツィーリエ。そういうのは、校長にでも言えっての」


 かっとなったツェツィーリエに言い返したのは、レーネの隣に座る青年。

 毛先に癖のある長めの銀色の髪に、色っぽく目尻の垂れた赤茶色の目。間違いなく、彼こそがゲーム攻略対象のリュディガー・ベイルだ。


 このクラスの生徒の中でも大柄で大人びた雰囲気の彼が言ったからか、ツェツィーリエの机の反対側に座る青色おかっぱ髪の男子生徒も「そ、そうだよ」と同意を示す。


「あの、あの、もっと、仲よくしようよ。僕たち、仲間……なんだし……」

「仲間ですって!? このクラスに入れられたこと自体が不幸ですのに、お友だち感覚で付き合えとでも言うのですか、ルッツ・ライトマイヤー!」

「そ、そうじゃないけど……ひいぃ……! 睨まないでぇぇぇぇ!」

「ほら、そのへんにしないと先生が困っているわ」


 混沌とし始めた皆に声を掛けたのは、ツェツィーリエとルッツの間に座るほわんとした雰囲気の女子生徒だ。

 彼女が、魔法実技以外の成績で赤点常連のエーリカ・ブラウアーだろう。


「あたしは、ルッツの意見に賛成かなぁ。ほら、冬の試験はグループでやるから、あたしたちみんなが協力しないといけないでしょ?」

「それは、そうですけれど……!」

「ツェリはとっても頭がよくて頑張り屋さんだから、あたしたちも足を引っ張りたくないの。だから、仲間として協力させてね?」


 エーリカがほんわかと笑って言うと、それまではかっかとしていたツェツィーリエは顔を赤らめて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


(うーん……これは、予想以上に大変そうね)


 フェルディナントから、「もし生徒たちが揉めそうになっても、まずは子どもたちで解決させるようにしたらいいよ」と言われたので見守っていたのだが、なかなか骨の折れそうなメンバーだ。


 先ほどエーリカが言った通り、十二月には冬のグループ試験というものがある。進級試験とは違うが、ここで補講クラスの生徒の実力を教師たちに見せるというのがディアナのひとまずの目標である。


「……みなさん、私の指導に不安があるのはもっともです」


 思い切ってディアナが言うと、ツェツィーリエはじろっと横目でこちらを見て、リュディガーは色気のある目元をわずかにつり上げたようだ。


「というのも、私自身不安でいっぱいなのです。……でも、今の皆が持っている力を少しでも伸ばせるよう、努力します。そして私も皆からたくさんのことを学びたいと思っていますので、何か気になることなどがあれば遠慮なく言ってくれれば助かります」

「……へぇ。新任の先生はずいぶん、低姿勢なんだな?」


 面白がるように言うのは、リュディガー。

 有名声優がキャラクターボイスを務めていた彼の声はやはり艶があり、色っぽい。日本のあらゆる女性たちを恋に落としたという人気攻略対象の実力は伊達ではないようだ。


「……ええ。自分について偽りたくはないので」

「……だってよ、ツェツィーリエ。先生の方からこう言っているんだから、おまえもプリプリすんなよ」

「うるさいわね、リュディガー・ベイル!」


 くわっとリュディガーに噛みつくツェツィーリエだが、先ほどよりは態度が緩くなった気がする。


(……この五人はいいとして)


「早速、後期の授業計画について説明をしたいのですが……あの、もう一人の生徒は?」

「あ、エルヴィン君のことなら、授業には来ませんよ」


 あっさりと言ったのは、レーネ。既に彼女はバッグから出した焼き菓子をもぐもぐとしているが、あえてそれには突っ込まないことにした。


「エルヴィン・シュナイト君は、前期試験にも出席していないようですが……授業にも参加しないのですか」

「うーん……私の記憶では、前期の最初に一瞬姿を見たかなぁ、ってくらいです」

「ぼ、僕もエルヴィンのことは、あんまり……。あの、いつもどこかで昼寝してるそうなんです……」

「昼寝……」


 思わず反芻すると、ルッツは「ひぃっ!? 僕のせいじゃないですよ!?」と震え始めたので、彼をなだめつつ考える。


(初日から欠席……。これが中学校なら、職員室の先生に応援をお願いしたんだけど……)


 エルヴィン本人が自分の意思でサボっているのなら、探しに行っても無駄だろう。


(……それでも)


「……あ、そうだ。先生は新任だし、みんなでエルヴィンを探しながら校内探検でもしないか?」


 どうしようかと悩むディアナに助け船を出したのは、リュディガーだった。

 だが、すぐさま振り返ったツェツィーリエが彼に反論する。


「反対です! どうしてあんなサボり魔のためにわたくしたちの時間を割かなければならないのですか!?」

「そりゃそうだけど、ほら、これもコミュニケーションの一環じゃねぇの? 先生だって、一度もエルヴィンの顔を見ないのは不安だろうし」

「いいでしょう、あんなやる気なし男。……先生、エルヴィンなんて放っておいて授業を始めてくださいな」

「……それは」

「先生。……あなた、わたくしたちを進級させる気、ありますの?」


 言葉に詰まったディアナを見るツェツィーリエの目が、冷たさを孕んだ。


 ここでディアナがどう反応するかで、ツェツィーリエが今後ディアナに従うか否かが決まる。

 そんな緊張が感じられたのかリュディガーやエーリカも黙っているし、プレッシャーに弱いらしいルッツは白目を剥いていた。


 五対の目――一名気絶しているので、実際には四対――に見つめられて緊張で手のひらに冷たい汗を掻いていることを、ディアナはグローブ越しに感じていた。


(私、は……)


 前世の記憶を取り戻してからは、これからどうしようと迷っていた。

 だが、秋休みの間にディアナは決めた。


 ディアナは、誰一人として見捨てたくない。最低三人進級ではなくて……できるなら、皆を二年生に上がらせたい。


 その中には当然、筋金入りのサボり魔であるというエルヴィンも入っている。

 だが、エルヴィンを優先させてツェツィーリエたちの指導を怠るのは本末転倒だ。


 ディアナは悩み、緊張でバクバクと脈打つ心臓の音を聞きながら――


(……ごめんなさい、エルヴィン・シュナイト君)


 まだ会ったこともない生徒に、心の中で謝罪をした。


「……もちろんです。授業を、始めましょう」

「……ええ、そうしてくださいな」


 ディアナの言葉に、ツェツィーリエはほっとした様子で頷いた。心なしか、彼女の表情も少しだけ明るくなったようだ。


 ディアナは皆に半年間の授業の予定を説明しながらも――早速生徒の一人を見捨ててしまったことへの罪悪感が胸から消えなかった。

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