3 職員室にて
校長との面談の後に、ディアナは職員室に案内された。
(あ、ここの風景も、ゲームのスチルにあったっけ……)
近世ヨーロッパくらいの世界観なのに職員室内の風景はやけに現代日本風で、ゲームをプレイしながらも突っ込みたくなったものだ。さすがにパソコンやコピー機などはないようだが。
「ああ、君が新任講師だね?」
すれ違った同僚たちに挨拶しながら自分の席に着くと、爽やかな声がした。
そちらに目をやると、ディアナの隣の席に着いている若い男性が笑顔でこちらを見ていた。
(って……ああああっ! 攻略対象にこの人、いた!)
柔らかい麦穂色の髪に、赤とピンクの中間のような色の目。この学校の保健室の先生的立場であり聖魔法の授業の指導も担当している。
微笑む姿は穏やかそうだがなかなかイイ性格をしている、「癖あり年上キャラ」。
名前は、忘れた。
「は、はい。ディアナ・イステルと申します」
「イステル先生だね。僕は校医のフェルディナント・ヴェルナー・アルノルト。アルノルト公爵家の縁者で、スートニエでは聖属性魔法の実技と理論も教えているよ。フェルと呼んでくれたら嬉しいな」
そう、そのような名前だった。
「いえ、愛称で呼ぶなんて滅相もございません。どうか、アルノルト先生と呼ばせてください」
「真面目なんだねぇ、了解。僕、君の指導係になったから、よろしく頼むよ」
「左様でしたか。こちらこそ、よろしくお願いします」
(う、うーん……早速攻略対象と接点を持ってしまったか……)
フェルディナントルートは途中でプレイするのをやめてしまい、あまりストーリーなどが記憶に残っていない。ネット上で行われた人気投票では、なかなかの順位をたたき出していた気がする。
なお、フェルディナントの立場からすると彼の役職は養護教諭で日本の学校における「校医」とは違うのだが、この世界に教諭という言葉が存在しないからかゲームでも彼の役職名は校医となっているようだ。
その後、ディアナはフェルディナントから授業のやり方や学校生活などについて教えてもらった。
スートニエ魔法学校は全寮制で、教員も独身者は宿舎棟で暮らしている。今頃ディアナの荷物は、男爵家の使用人たちが運んでくれているはずだ。
「それから気になっているだろう、一年補講クラスの生徒名簿ね」
フェルディナントが渡してきたのは、数枚の紙を綴じた薄い冊子だ。表紙には、「四十九期生一年補講クラス名簿」とでかでかとした字で書かれている。
緊張しつつ表紙をめくると、目次のような形の生徒名一覧があった。
(もしかしなくても、ゲームで出てきたキャラの名前が……あ、あった!)
縦に並んだ名前の五番目に、ゲームの恋愛攻略対象の一人であるリュディガー・ベイルの名前が。
彼は「ちょっとチャラい色男」キャラで、ヒロインの一つ先輩。人気投票で同級生の王子様を抑えて堂々と一位を獲得したのが、この男だったはずだ。
(ということは、ヒロインが入学するのは次の春で決定ね……って、あれ? リュディガーは、補講クラスだったの?)
ゲームでのリュディガーは普通の二年生で、ヒロインに年上の色気で迫ってくるキャラだったはずだ。前世の自分もリュディガーは結構気に入っていたので、彼のルートは何回かプレイしている。
だが、彼が一年時に補講クラスだったというのは初耳だ。ゲーム内で聞ける情報は、「ちょっとやんちゃしている」くらいだったと思う。
(……ええと、ええと。ゲームでもディアナが補講クラスを担任したのだったら……少なくともリュディガーは進級できて、他にも最低二人は二年生になれたってことかな……?)
ゲームに出てくるからには、ディアナも正式採用されたはず。
ということは、リュディガーに関してはディアナが少々手を抜いても勝手に進級してくれる……のかもしれない。
もう一枚めくると、各生徒についての情報がまとめられていた。名簿は、身分順で並んでいるようだ。
番号一番、ツェツィーリエ・マルテ・ヴィンデルバンド。
ヴィンデルバンド侯爵家令嬢で、魔力は高くて基礎学力も身についているが、コントロール力が壊滅的。先の試験では魔法実技で雷魔法のコントロールに失敗して、同級生数名を感電させたという。
番号二番、エーリカ・ブラウアー。
ブラウアー子爵家令嬢で、成績表を見る限りシンプルに勉強が苦手なのだと思われる。
番号三番、ルッツ・ライトマイヤー。
ライトマイヤー男爵家子息で、成績は普通だがなぜか前期試験当日に逃亡したため、欠席扱い。
番号四番、エルヴィン・シュナイト。
ハイゼンベルク伯爵の甥で、全ての成績に斜線が入っている。授業に参加していないということのようだ。
番号五番、リュディガー・ベイル。
商家ベイル家の長男。成績は普通でむしろ補助科目の武術などで好成績を収めているが、「異性関係で指導済み」という記述がある。どうやら色男攻略対象は一年次は、女性がらみで揉めたようだ。
最後の番号六番、レーネ・トンベック。
騎士の娘で、成績は普通。授業中に隠れて菓子を食べていたことで指導されたが、前期試験中も隠し持っていた菓子を食べていたようだ。
(……なるほど。これは本当に、濃いキャラたちばかりね……)
この中でソシャゲの恋愛対象キャラは一人だけだが、他の五人もなかなかのキャラクター性だ。
リュディガー以外の名前に見覚えはないので、ゲームでのディアナはむしろこの中からあと二人誰を進級させられたのかが気になる。
「……先生も、この中の半数を進級させられたら正式採用、って言われたんだよね?」
名簿から顔を上げると、隣の席のフェルディナントが心配そうに目尻を垂らしていた。
「今の校長が就任して今年で三年目だけれど、あの人、毎年こういう方法で若い講師を採用しているんだよ。僕も、このやり方には思うところがあるけれど……」
「アルノルト先生は別枠で採用されたのですか?」
「うん。僕はアルノルト公爵家の縁者で、この学校を卒業してしばらくは聖魔法を使って城で働いていたんだ。そこからの引き抜きだったから」
「そうですか……」
「去年、一年補講クラスを担任した人も、かなり苦労していたんだ。一応数人は進級させられたけれど、新学期になる前に辞めてしまってね。……君が次の春に正式採用されるよう、僕も協力する。でも、無理はしてはだめだよ。何かあれば相談してね」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします、アルノルト先生」
椅子に座った状態でお辞儀をしたディアナに「こちらこそ」とフェルディナントは爽やかな笑顔を返してくれた。
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