2 校長からの無理難題
「ヒカリン」の世界には、火、氷、雷、土、風、聖、光、闇の八種類の魔法属性が存在する。
多くの人間は出生時にいずれかの祝福を受けて、その属性の魔法を扱えるようになる。これは遺伝の要素も強いが、両親とは全く違う属性を持つこともあるし、まれに複数属性を持つこともあるので、謎を解明するには至っていないという。
「ヒカリン」の主人公は、家族で商売を営んでいる。細々と暮らしていた彼女だが十五歳の秋に予言者を名乗る謎の人物から、光属性持ちであることを告げられる。
光属性持ちはレアなので校長にも大歓迎され、急ぎスートニエ魔法学校に入学することになるのだった。
(でも、プレイしなかった攻略キャラルートもいるし、そもそもプレイしていたのは死ぬ何年も前の話だし……イベントスキップばかりしたから、あまり覚えていない……)
それでも。
荷物の入った鞄を手にスートニエ魔法学校の校門前に立つと、「ああ、こんなスチルだったな」と過去の記憶がよみがえってきた。
校門前の風景は、イベントなどでもよく見られた。なかなかの解像度で美しいイラストだったが、実際に見ると画面越しでは分からない建物の奥行きや立体感、荘厳な空気が肌で感じられる。
(不思議。私は本当に、「ヒカリン」の世界にいるんだ……)
男爵家から連れてきた従者と侍女を伴い、ディアナは校内に足を踏み入れる。
どうやら現在は前期試験後の秋休み期間中らしく、城か何かと思うほど立派な校舎内には人気がなく、しんとしていた。
歩きながら、「あ、ここゲームで見た」「この背景、イベント報酬にあったっけ」と思い出していると、少しだけ胸がときめいてきた。
だが――
「早速だけどおまえには秋休み明けから、一年の『補講クラス』を担任してもらうよ」
「……」
思わず絶句したディアナの正面には、革張りの椅子に偉そうに腰掛ける男性――校長の姿が。
年齢はまだ三十代半ばくらいで若々しいしそれなりのイケメンだが、ディアナが入室したときから足を組んでいたしこちらを小馬鹿にしたような顔をしているので、嫌な予感はしていた。
(ゲームでは、校長の立ち絵はなかったけれど……そういえば、ヒロインは「気さくな人」って感想を抱いていたような)
だが、これは気さくというレベルではなさそうだ。
彼の隣では副校長だという壮年の男性が立っているが、彼は年若い校長をじろっと見下ろしている。どう見ても校長と副校長の仲は良好ではない。
「……あの、校長先生。補講クラスというのは何でしょうか?」
いろいろ気になるところはあるが、まずはこれについて聞かなければ。
(ゲームでも補講クラスなんて言葉、出てきていない……と思うけれど……)
ディアナが問うと、校長はだるそうに副校長に顎先を向けた。おまえが説明しろ、ということだったのだろうか、渋い顔のままの副校長が進み出た。
「……補講クラスとは、五十年前の学校創立時より存在する特殊学級のことです。イステル嬢は本校の教育課程について、どれほどご理解いただいているでしょうか」
「事前にいただいた資料には全て目を通しておりますが、そこには補講クラスなる記載はなかったかと」
まずは状況把握しなければ、ということで資料を必死に読んだし、魔法学校の卒業者からも話を聞いてみた。
スートニエ魔法学校は二年制で、十六歳の生徒が春に入学して十八歳で卒業する。日本製のゲームだからか暦は普通に一月から十二月まであり、四月が入学式で三月が卒業式だ。
受講教科は必須科目として基礎教養、魔法実技、魔法理論、魔法応用の四つがあり、ゲームでは定期試験や進級試験でこの四教科の点数をそれなりに出さないとストーリーを進められなくなる。
なお、馬術や応用教養などの補助科目もあるが、これらは進級などには影響しない。そして今回、氷属性の魔力を持つディアナは魔法実技の講師として仮採用されている。
(この学校は学年制だけど、クラス制度はなかったはず……)
ディアナの返答に、副校長は頷いてみせた。
「ええ、記載しないことになっていますからね。……補講クラスはその名の通り、他の生徒よりも努力を要する生徒たちを集めた特殊クラスです。毎年九月末に行われる前期試験で成績下位だった者や素行不良だった者を指導するために、補講クラス制度をもうけています」
「なるほど。……えっ? 私がそのクラスの担任を?」
思わず問うと、校長が頷いた。
「そういうことだ。なに、新人講師がこのクラスを担当するのはおまえで始まったことではない。これには、おまえの正式採用試験も兼ねているからな」
「……といいますと?」
なんだか嫌な予感がすると思いつつ、尋ねる。
確かにディアナは講師として仮採用された。この学校には日本のような教員免許制度はないが、講師と教諭のような教員内の差は存在するようだ。
ディアナが問うと、校長は人差し指の先を向けてきた。
「ディアナ・イステル。おまえを教員として正式採用するかどうかは、おまえの教師としての実力を鑑みて決定する。おまえが今年の一年補講クラスの生徒六人のうち三人以上を二年生に進級させることができれば、正式採用してやろう」
「え……」
なんだそれは、と思うと当時に、そういうことなのか、とも納得してしまう。
学校卒業者でもない男爵家の娘にいきなり打診をした時点で不思議だとは思っていたが……きっと、彼らにとってのディアナはちょうどいい存在なのだろう。
二年生に進級できるか分からない生徒たちの指導は、きっと困難を極める。それを新人教師に押しつけて、「正式採用してもらいたければ」という条件を付ける。新人教師は必死になって生徒を指導するだろうから、生徒の学力も上がる……はず。
(普通、そういうクラスの担任にはベテランをあてがいそうなものだけど……)
もやっとする部分もあるが、校長たちの意図も分からなくはないというのが悲しいところだ。
(でも、六人中三人って……)
ディアナの顔色を見てか、校長はだるそうに足を組み替えて言葉を続けた。
「今年の一年生六十五人のうち、様々な意味での最下位を確保した選りすぐりの六人だ。補講クラスとはいえど、結局のところは退学一歩手前の連中の掃きだめだと思えばいい」
(は、掃きだめ!?)
まさか校長が自校の生徒についてそんな表現をするとは、とディアナは言葉を失ってしまう。
(補講クラスにベテラン教師を付けないのは、校長がこのクラスを軽視しているから……ってこと!?)
「これは譲歩だぞ。あの連中のうち半数でも進級できれば十分すぎるくらいだ、ということだと思え」
「……」
「文句でもあるか? 男爵家の娘に過ぎないおまえを採用してやったのは、僕だ。おまえは従順に僕の命令に従えばいいんだよ。それとも、もう初日でクビになりたいのか? おまえの両親や領民が恥を掻いてもいいのか?」
(はぁ!? お父様やお母様たちを脅しの材料にするの!?)
思わずちらっと副校長を見ると、彼は唇を引き結んでディアナを見つめ返してきた。
副校長の態度からすると彼も「補講クラス」のあり方には少々の疑問は抱いているものの、校長には逆らえないのだろう。
(確かこの学校は、今の校長の祖父が設立したもの。それからずっと世襲制らしいから、副校長も校長には何も言えないのかも……)
少なくとも、ここで校長の物言いに反対してくれるわけではなさそうだ。
(ただでさえお父様やお母様には我が儘を言っているというのに、私の都合で恥を掻かせるなんて……絶対に、嫌)
ディアナはしばし黙った後に、頷いた。
「……分かりました。未熟者ですが、一年補講クラスの担任を拝命させていただきます」
「ああ、そうしろ。半年後の進級試験の合格者が半数以下だったら、おまえ、速攻クビだからな」
そんなことを言う校長は薄ら笑いさえ浮かべており、ディアナの背中にゾクッと寒気が走った。
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