悪役教師は、平和な学校生活を送りたい

瀬尾優梨

1  悪役教師の始まり

 先生になるのが、子どもの頃からの夢だった。


 特に大きなきっかけになったのは、中学校の頃の担任の先生。まだ若かったその先生は問題ばかり起こす男子に手こずりつつも、担任する生徒一人一人のことを一生懸命考えて、高校に送り出してくれた。


 あの先生みたいになりたい、と思って教職を志して教員採用試験に合格し、晴れて中学校の教諭になったのが二十二歳の春のこと。


 ――そしてその三年後、病気を理由に退職することになった。


 なんとか生徒たちを卒業させるまでは堪えたけれども、未経験の部活動の顧問になったことによるストレスや保護者対応、同僚とのいざこざなどによって体も心もボロボロになってしまった。


 退職すると申し出たとき、校長は「君の体が一番だからね。三年間、頑張ってくれてありがとう」とねぎらってくれたが、心ない同僚の中には、「たった三年で辞めるなんて」「これだから若者は、根性がなくて困る」と聞こえよがしに悪口を言う人もいた。


 そうして退職して、一人で暮らしているアパートで療養を始めた。しかし体調はよくならず、実家に帰ることにした。

 父や母、まだ大学生の妹たちを心配させてしまい申し訳なかったけれど、病状は悪化するばかり。


 いよいよ入院して、ぼんやりとした日々を過ごしていた。だんだん、一日の感覚も分からなくなって、食事も喉を通らなくなり――


(そうして……は死んだ。多分)


 享年、二十六歳。両親どころか祖父母よりも先に逝ってしまう、大変な不孝者だった。


 卒業式直後に退職することは、教え子たちには言わなかった。だからこそ、学級委員長の子が「成人式で会いましょうね!」と笑顔で抱きついてきてくれたことが思い出されて、とても辛い。


 ……そんな、の記憶を、ディアナ・イステルは思い出した。


(前世の私は、日本で暮らしていた。憧れていた職に就けたけれど体と心を壊して、担任した子どもたちが成人するのを待つこともできずに、死んでしまった……と思う)


 そうして生まれ変わった先は、日本とは全く違う世界で生きる女性。ここ、アドルマイア王国のイステル男爵夫妻の娘で、豊かな栗色の髪と濃い青色の目を持つ。


 前世では不摂生だったこともあり健康体とは言えない状態だったが、イステル男爵家は末端貴族だが資産はほどよくあり、そこの一人娘であるディアナは恵まれた環境で育つことができた。十八歳で成人するまでは領地で暮らし、それ以降は王都にある小さな学校で子どもたちに魔法を教えていた。


 この世界には当たり前のように魔法が存在していて、人々は程度の差はあれ魔力を持って生まれている。ディアナも安定した魔力を持っており、そして――なぜか幼少期から先生の仕事に興味を持っていたため、両親に頼んでこの仕事を始めたのだ。


(思えば、子どもの頃からずっと前世の記憶が影響していたのかもしれないわね……)


 志半ばで散った前世の自分が、今世のディアナの性格形成にも影響を及ぼしたのだろう。

 だが、のんびりと過ごしていたディアナは二十歳の春、私立の教育機関であるスートニエ魔法学校から勧誘を受けた。


 そして――これまでは「ディアナ」という一人の女性として生きていたのだが、スートニエ魔法学校の名を聞いた瞬間、前世を思い出した。


 前世の自分が二十六歳で死んだ元中学校教師だった、というのはまだいい。

 問題なのは――


(ここって、「ヒカリン」の世界じゃない――!?)


 ディアナは、魔法学校から届いた手紙を読むなり卒倒した。そして今世の家族や使用人たちに心配されながら体を休めている間に、怒濤の勢いで様々な記憶がよみがえってきたのだ。


「ヒカリン」とは、前世の自分が大学生時代にプレイしていたソーシャルゲーム――略称ソシャゲだ。

 正式タイトルは「光の乙女の輪舞曲」で、平民出身の主人公が光属性魔法の能力を持っていたことが発覚したため、スートニエ魔法学校に入学する。そこで過ごす二年間で魔法の腕前を磨いたり、友人と仲よくなったり、攻略対象と恋愛をしたり……といった青春時代を送ることになる。


 これはソシャゲなので、本編とは別の季節イベントやサイドストーリーが配信されていた。イベントはランキング形式ではないので自分のペースで進められるし、恋愛イベントは胸キュンものが勢揃い。そういうことで、仕事を始めるまではそれなりにやりこみ、課金してガチャをぶん回していた。


 ゲームをしなくなって久しいので内容は忘れかけているが、「スートニエ魔法学校」という名前は印象的だったし、物語の舞台がアドルマイア王国だったのも間違いない。


 まさか死後に、かつてプレイしたソシャゲの世界に転生するなんて……というのも単純に驚いたが、驚くだけでは済ませられない。


(ディアナ・イステルっていうのは確か……サブキャラにいたよね)


 最初はなかなか思い出せなかったが、療養ということで部屋で休んでいる数日間に必死に記憶の引き出しを開けて、前世プレイした「ヒカリン」の内容をノートに書き出した。


 ディアナ・イステル――それは、「ヒカリン」の序盤に登場する悪役だった。

 悪役といってもたいしたことのない小物で、入学したヒロインにことあるごとに突っかかってきて、意地悪ばかりしてくる。そうして一年生前期試験で特定の生徒に点数をかさ増ししようとした罪でクビになるという、救いようのないキャラだった。


(立ち絵もあったはずだけど、何回も見たイベントはスキップ機能で飛ばしてしまったから、あまり覚えていない……)


 だがなんとなく、いつもしかめっ面でヒロインをいじめてくる厚化粧女性教師だった気がする。


(ということは私、スートニエ魔法学校でヒロインをいじめないといけないの……?)


 ヒロインの学校生活中に立ちはだかる敵は何人かいるが、ディアナ・イステルはそれほどヒロインを鍛えたりしなくても、イベントが起これば自動的に退場する。

 だが恋愛攻略対象キャラによっては、ディアナにいじめられるヒロインに声を掛けて……という形で恋愛イベントを進めるルートもあった覚えがある。


(でも、理由もなくヒロインをいじめたりしたくない! いっそ、勧誘を断れば済むんじゃないのかしら……?)


 そういうことでディアナは悩んだが、魔法使いたちの卵が在学する名門校からの勧誘を男爵の娘ごときが断れるわけがないと諦めた。


(お父様もお母様も、とても喜んでくださったし……)


 今世の両親である男爵夫妻は人柄がよく……少しよすぎるのが娘として心配なくらいの、優しい人たちだった。


 一人娘であるディアナが結婚より仕事を優先させても「ディアナの夢を応援するよ」と言ってくれたし、スートニエ魔法学校から手紙が来たときも大喜びだった。


(……行かないと、いけないのね。……でもまあ、学校に行ってもヒロインをいじめなければいい話だし)


 恋愛イベントのフラグは何本か折ってしまうかもしれないが、だからといって罪のない少女をいじめた挙げ句にクビになるなんて未来は回避したい。そんなことをすればお人好しな両親をも悲しませてしまうし、今後の男爵家の行く先も真っ暗だ。


 かくして、ディアナ・イステルは迷い悩みながらも、スートニエ魔法学校の講師として仮採用されることになったのだった。

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