ふたりのキックオフ

ひとひらの雲

ふたりのキックオフ

 ぼくの名前は堀込恭平、県立東水高校ラグビー部の3年生。

ラグビー部では左ウィングをやっている。昔から足が速かったから自分には向いているポジションだと思ってる。受験勉強も大事だけど、今はラグビーをやっている時が一番集中できる。特に公式戦に向けて朝練が多くなってからは、ますますラグビー中心の生活になっている。 

朝練後の楽しみと言えば、OBが差し入れしてくれたカップ麵。ラーメンや焼きそばも良いけど、ぼくは和風の麺類、特にうどんが大好きだ。赤いきつねの和風だしの効いたおつゆをひと口飲んでから、アツアツのお揚げをハフハフしながら口に入れた時の満足感、これはもうたまらない。練習の疲れも早起きの眠さも吹っ飛ぶ。でも早い者勝ちだから、いつも赤いきつねが残っているとは限らない。


 私の名前は塚本和美、県立東水高校ラグビー部のマネージャー。

朝練の後は湯沸かしポットで大量のお湯を沸かして部員のカップ麵にお湯をそそぐのが日課。みんな同じタイミングで練習から上がってくれれば良いけど、居残り練習とかされると片付かないのでちょっと困る。今日は同じクラスの堀込恭平がまだ帰ってこない。恭平はカップ麺の中でも、私と同じで赤いきつねが好きみたいだから、取っておいてあげようか、特別に。

本当に特別に。


 ぼくと同じクラスにマネージャーの塚本和美がいる。実は1年の時から気になっている。どれくらい気になるかと言うと、練習が無くて会えないと胸のあたりがムズムズする、そんな感じ。でも誰にも言ってない。絶対に言えない。

この前の居残り練習の時、塚本がぼくの大好きな赤いきつねを取っておいてくれた。言葉に出せないほど超嬉しかった。あの甘くてフワフワでアツアツのお揚げ味は一生忘れない。でも塚本は優しいから、ぼくだけ特別じゃないんだろうな。


 それは週末の練習試合の日だった。

試合終盤、フォワードの選手からパスを受けたぼくは、トップスピードでタッチライン際を一気に加速し、相手のディフェンスと重なり合いながらインゴールに飛び込んだ。トライは認められた。でも息ができず動けなかった。

倒れているぼくのところに、マネージャーの塚本が走り寄って来た。何か声を掛けてくれたけど、はっきり覚えているのはその時の優しい目。ぼくは吸い込まれるように塚本の瞳を見つめてしまった。塚本の顔を見たら何だか力が湧いてきてた。


 私は倒れ込んでいる恭平に駆け寄って声を掛けた。言葉は聞こえていなかったかもしれないけど、目と目が合った時、すごくきれいな目で私を力強く見つめ返してくれた。時間が止まった気がした。


 結局、その年の公式戦は3回戦で負けてしまって、ぼくら3年生はもう引退。だから、塚本とは教室で会うだけ。でも、胸の中のムズムズが膨らんで行く。あの時の優しい瞳を思い出すと、どこかに走り出したくなるくらい胸がムズムズする。


 冬の日の放課後、恭平は通学路の本屋の角で和美を待っていた。

あと5分待って来なかったらもう帰ろうかと心が迷いはじめた頃、軽やかな足どりで和美が近づいて来るのが見えた。タータンチェックのマフラーが揺れている。夕陽の中ですべてが眩しい。

なるべく偶然みたいな顔をして、でも意を決して話しかけた。

和美はクスっと笑いながら「どうしたの?」と聞いた。

「あのさ、お、俺さ、また、塚本と、食べたいんだ、あ、赤い・・・」

何度も心の中でリハーサルしたのに上手く言葉が出ない。

「赤いきつね、私も恭平とまた食べたい!」和美が答えた。

恭平は耳を疑った。心臓の鼓動が胸を突き破る。顔と身体がカッと熱くなった。

あの瞳が笑っている。

二人は、どちらからともなく、赤い夕陽の中を並んで歩きだした。

恭平と和美のキックオフだった。


おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりのキックオフ ひとひらの雲 @straight6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ