03.尊いお嬢様に嫌がらせをするものはただ死んで終わるものではない

「この事件について、私はある仮説を立てているんだ。ただ、まだその仮説を実証しきれていなくてね。そこが分かったらぜひふたりに披露させてほしい」


 そう100点満点の王子様スマイルを浮かべている、皇太子。さらに僕にウィンクしているが狂気しか感じられない。きっと婦女子の皆様ならその外面に騙されてキャーキャー騒ぐと思うけれど、ここにそのような人はいない。


 僕もお嬢様もこの皇子の中身を知っているし、ガチな話、皇太子で19歳になるのにこの人には婚約者も婚約者候補もいないうえで、僕のことを追い回しているのだ。正気になってほしい。個人的に皇太子としてどうなんだ、国を背負うものとしていかがなものかとずっと思っている。


「まぁ。楽しみですわ。ねぇ、テオ」


 お嬢様は、本日も天使でいらっしゃる、エレナエル様は麗しい。その眩しい笑顔はこの世の至宝を全て集めてもかなうことなどないほどの高貴さである。


「ええ。本当に楽しみですね」


 とりあえず笑顔を作るが、どうしても目が、皇太子に対して毛虫でも見るような感じの嫌悪感を隠せない。不敬でもなんでも隠せないから仕方ない。だってこの人のこと僕は好きじゃないから。でもそれを前面に出すのは流石に得策でないので猫を大量に被ることは忘れない。具体的には多分100匹くらいな被っている。首がへし折れる数である。


「エレナとテオが楽しみにしてくれていると思うとやりがいがあるね。うんうん。ところでふたりとも特にエレナ、君に聞きたいのだけれど、エリザベート嬢は君に嫌がらせをしていないかい??」


 エリザベート・バザロフ公爵令嬢。お嬢様と同じ公爵家のご令嬢でひとつ年上の方だ。第3皇子であるボリス殿下の婚約者でもある。


「エリザベート公女様は私のことはずっとお嫌いよ。でも人の好き嫌いは仕方のないことね。取り巻きのご令嬢を使って嫌がらせをされることもあるけれど、それはご自身の品格を落としているだけですので気にしていないわ」


 予想だにしていなかったお嬢様の言葉に僕は発狂した。お嬢様に何かあったのに気づいていないとか死をもって償うよりほかない。


「えええ!!お嬢様、僕の居ぬ間にそのようなことがあったのですが!?お嬢様をお守りできないなら、僕は死ぬしかありません。今から臓物を出して死にますのでどうかお許しください」


 尊いお嬢様が、バザロフ公爵令嬢に酷い目にあわされていたらしい。許すまじ。バザロフ公爵令嬢はただ死んで終わるものではない。大天使エリナエル様が地獄の火の中に投げ込む者だ。


 しかし、それに気付けなかった自分は腹を切って死ぬべきである。お嬢様を守れない執事など死ぬしかない。


 色々てんぱってやらかしかけた時、皇太子がいきなり僕を強く抱きしめる。気持ち悪いので、すごい振り払いたいが平民の僕の命は紙より軽い。だから皇太子へ抵抗ができない。


「君が死ぬなんて、絶対に許さないよ。万が一死んだりしたら、その死体を綺麗に加工し、腐らないようにしてから僕の寝床に飾るからね。そして、テオが想像したくないようなあんなことやこんなことを死体になったテオと毎日するからね。具体的にはしか……」


 怖い怖い怖い。これ以上その恐ろしい計画を聞いたら僕は発狂不可避だ。


「生きます、生きますが、お嬢様、どのような嫌がらせを受けられたのですか??」


「あら、そうね、お茶会に呼ばれなかったり、呼ばれていっても知らないと言われたりその辺りが多いわ。だからこの間は事前に裏をとって約束を反故にされたとミハイロフ公爵家から抗議とご病気へのお見舞いのお手紙をお送りさせて頂いたわ。だってそうでしょう??ご自身で誘われて何度も忘れるなんてご病気に違いないわ」


 暗黒微笑という言葉が相応しい笑みを浮かべているエリナエル様。そんなエリナエル様も大好きです。尊いです。本当はひれ伏したかったけれど、皇太子が僕を羽交い絞めにしたままだったし、どさくさに紛れて変なところを触ってきた。これは完全なセクハラではないだろうか。


「アレクサンドル様、いくらテオがお好きでも公衆の面前で襲うのはいけません。どなたが見ているかもしれませんわ。正直アレクサンドル様には、婚約者をお決めにならないから、既に男色の噂というか真実が囁かれておりますが、そこに私の大切な家の者を巻き込まないで頂きたいですわ」


 紅茶を優雅に嗜みながらお嬢様が緩やかに王太子は叱責される。その通りだ。巻き込むのは本当にやめてほしい。


(離せド変態。王太子だからって、僕の変なところに触ったりまさぐるのはやめて欲しい)

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