第2話 銀の世界と大切な妹

佐藤さんという知り合いになりつつある女性を見送ってから。

俺は自宅まで.....少し古ぼけたチャリを転がした。

流石に1月なので.....まだ寒いな。


軍手を装着しているが.....寒いなやはり。

手袋を買いたいのだがなかなか上手くいかないから軍手なのだが。

それから.....俺は白い息を吐きながら.....家まで帰って来た。

築45年のアパートの2階にある我が家。


「あら。羽鳥クン」


「.....あ。ご無沙汰しています。大谷さん」


ニットの帽子を被って掃除をしていた。

アパートの若き大家さん。

大谷詩織(おおたにしおり)さん。


30代ぐらいと思われるがグラマナスな感じの女性。

化粧をしていないと思われる美人さん。

スタイル抜群で.....その。


胸を強調している服で目のやり場に困る女性であるが.....根っからの良い人だ。

俺はそんな女性に頭を下げて挨拶をする。

すると大谷さんはこう言ってきた。


「.....夕日ちゃんはお元気かしら」


「.....はい。.....夕日は相変わらずです」


「.....そう。良くなったという事も無いのね」


「.....ですね。.....でも夕日は元気です。.....とても」


この大谷さんだが。

俺たちの親代わりとなっている。

それはどういう意味かというと.....ホステスをしている俺の母親に代わって俺達を見守ってくれているのだ。

それで.....親代わりとなっている。

大谷さんとうちの母親は友人関係である。


「.....あ。そうだ.....家賃.....の件ですが.....もうちょっとばかり待ってもらって良いですか?」


「.....私は構わないわ。家賃は何ヶ月でも待つわ。.....この家の存在意義は.....人を助ける意味があるのだから気にしないで」


「.....本当にお世話になっています。感謝しかないです」


「.....羽鳥クン」


大谷さんが俺を見てくる。

それから笑顔を浮かべてから俺の頬に手を添える。

俺は少しだけドキッとしながらも.....大谷さんを見続けた。

そして大谷さんはこう言う。

真剣な顔で、だ。


「.....貴方がもっと稼げる様になってから。.....返して頂戴。.....家賃もそうだけど.....ね。.....今は大人に頼りなさい」


「.....はい。.....本当にすいません」


「.....いいえ。私は貴方達の親代わりでもあるんだから」


「.....はい!」


それから、さあ。夕日ちゃんが待っているわ、と俺から手を離した。

そして笑顔を浮かべる大谷さん。

俺はその言葉に、有難う御座います、と頭を律儀に下げてから。

そのままカンカンと鉄の階段の音を鳴らしながら上がって行った。

すると大谷さんが、あ。そうだ。後でご飯持って行くわ、と話してくる。


「え!?大谷さん良いですよ!そんな毎回.....」


「良いから。子供は親に頼りなさい」


「.....はい.....分かりました.....」


怒る様な口調で大谷さんは俺を見てくる。

それから、それで良いの、と言いながら笑顔で見送ってくれた。

俺は雪が降り出す様な世界を見ながら。

そのまま家の鍵を開けると。

目の前に.....夕日がやって来る。


「お帰り。お兄ちゃん」


「.....ただいま。夕日」


「.....お疲れ様。今日も.....有難うね。いっぱい働いてくれて」


「.....お前の為だから。.....問題は無いよ。母さんはもう出て行ったんだよな」


「.....うん。お母さん.....会社行ったよ」


夕日。

羽鳥夕日(はとりゆうひ)。

中学3年生になる.....予定だ。

だけど今は1年近く学校に行けていない。


それは病気のせいである。

病気の名前は、小児がん、と言える。

肺がんである。

それと.....その肺がんのせいの喘息、と言える。


容姿としては黒の肩までの髪。

そして.....常に可愛らしいキャラクターのパジャマ姿で.....蜜柑の髪留めを二か所に着けており。

中学生なので童顔の風貌が残るが美少女と言える風貌をしている。

かなりの、だ。

自慢の妹である。


「.....お兄ちゃんが頑張ってくれるから私も頑張れる。.....大谷さんもそう言ってたよ」


「.....そうか。こんな俺の姿で救われるものなんだな」


「だってお兄ちゃんはずっと頑張っているから。.....私の自慢のお兄ちゃん」


「.....有難うな。夕日」


「.....本当に自慢のお兄ちゃんだよ。.....大好きだよ」


おお。

シスコンには嬉しい一言だ。

そんな事言ったら夕日に、彼女さん出来ないよ?、と言われるので止めておくが。


思いながら俺は、作り置きのお菓子は食べた?、と聞く。

丁度.....缶詰だがフルーツポンチを作ったのだ。

とは言え.....炭酸と缶詰を混ぜ合わせただけだが。


「.....口の中が甘くなって美味しかった」


「.....すまんな。.....白玉無くて」


「.....お金無いからね。.....でも満足だよ。大変美味しゅう御座いました」


「.....何だよそれ」


俺達は笑い合う。

それから俺はエプロンを取り出してから.....親父の写真立てを見る。

そして.....仏壇を見てから頭を下げて手を合わせてから。


そのまま食事の準備を始める。

今日は野菜スープだ。

とは言え.....残り野菜だけど。

節約しなければ。

治療費も出せないしな。


「.....でもお兄ちゃん。頑張ってくれるのは嬉しいけど.....たまには休んでね」


「.....休んでいる暇は無いさ。俺の大学の進学費用とか.....」


「ダメ。休んで」


「.....あ、はい」


それで死んだら何の意味も無いよ?

と俺を涙目で頬を膨らませて見てくる夕日。

俺はその姿に目が・・になって、はい、と応えるしか無かった。


女の子を泣かせる訳にはいかないな.....休むか今度。

でも学校で十分寝ているしな。

しかしそれでは意味無いか。


「.....お兄ちゃん。無理は絶対にダメだからね。.....私みたいになりたいの?」


「.....はい.....」


「.....お兄ちゃんは元気で。.....大切」


「.....そ、そうですね」


俺は冷や汗を流しながら頬を風船の様に膨らませてから俺に縋って来る夕日を見る。

夕日は、宜しい、と言いながら離れる。

それから、今日は私が作るから、と台所に向かう。

俺は、え!?オイ!、と言うが。

お兄ちゃんは座りなさい、と怒られた。


「.....そもそもお前は料理とか無茶を.....」


「良いから。お兄ちゃん。今日は休むの」


「あ、はい」


俺は目をパチクリする。

これが.....俺達の日常。

そしてこれが貧乏ながらも幸せな日常だ。

俺は.....溜息を吐きながら夕日を見る。

夕日は俺からエプロンを奪い取って鼻歌混じりで料理を作り始めた。

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