デートの誘い

 ユウキという少女との合同練習を終えて一夜が明けた。

 あの後、色々話し合った末、ユウキとの練習はしばらくの間続行されることと相成った。性癖には、師匠顔負けなくらいに問題のあるユウキだったが、彼女との練習は当初思い描いていた平塚含む同じ学校のテニス部の連中にバレることなくセットプレイを練習するには丁度良いとまもなく思わされた。

 だから、テニスウェアに関してのことを除けば、そもそも結衣の提案したその話を断る理由は俺にはなかったのだった。


 テニスウェアの上納金増加の件は、朝練に向かう電車の中で結衣が丁寧に説明してくれた。

 

「これからは朝練と夜練、別のテニスウェアを着るようにしましょう」


 結衣曰く、朝練はユウキ用。夜練は自分用だそうだ。


「なあ、質問」


「何?」


「時間的にさ、朝練の方がフレーバー的には薄味になるよな。夜練をずっと奪うのは強欲じゃないか?」


 言い終えてから、ふと思った。

 フレーバーが薄味かどうかだなんて、そんなの気にするのはまるで変態のようではないか、と。

 こいつらに毒されすぎて、俺の感覚もおかしくなりつつあるようだ。


「いいの」


 そんな狼狽える俺に反して、結衣は平静と言葉を綴った。


「夜練用は、刺激が強いから。抜け出せなくなる」


「なるほど」


 つまりは、激しく運動したくさんの汗を掻いた夜練用のテニスウェアは、相当香るわけ、か。

 なんだか俺の体臭が臭いって言われているみたいで凹む。


 そうでなくても、なんだか怪しい薬チックで聞いてて引く。

 そんなに依存性はないから、たかがテニスウェアだっての。


「まあ、お前がそれで良いなら良いよ」


「あたしも別に、あの子を真っ当な道から外したいわけじゃないの」


「違法薬物みたいなこと言うな」


 フイっと結衣はそっぽを向いた。

 そこを否定してくれないの……?


 そんな一幕を経て、精神的に暗い気持ちの中、俺は朝練を開始させた。

 部員達が集う前、一番に練習を始めて、少しした頃にまずは平塚がやって来た。


「早いですね」


「そうか?」


「前までは同着だったのに、今ではずっとそっちの方が先にいる」


「そうか」


 俺は曖昧な返事をしながら、サーブ練習に没頭していた。

 この前の都大会を戦い抜いて思ったことだが、女子テニスよりも威力が高い男子テニスにおいて、誰にも邪魔されずに放たれるサーブの強化は勝利の上で鉄則だと思わされた。ビッグサーバーの平塚が優勝をかっさらったのもそう思わされた一因だが、あの時の自分のサーブの好調さを鑑みての判断だった。

 上背がない俺だが、サーブの調子が良ければそれだけで随分と試合展開が楽になる。


 そう思ったのだ。


 自主練を終えて、朝練を行い、そうして昼休み。

 今よりも一日が早く過ぎていくと思った日はありはしなかった。それでも、充実しているから不満はなかった。


「アキラ」


 まもなく、教室に結衣がやって来た。

 結衣が掲げるお弁当を見て、授業の予習を止めて、俺は昼食を取りに向かった。


 喧騒とする廊下、結衣との会話はあまりなかった。


「今週の日曜日、空いてる?」


 しかしまもなく、唐突に結衣は口を開いた。

 今週の土曜日はまたユウキとの練習。その翌日の予定、か。


「ああ、大丈夫だ」


 他称ぼっちの俺に、休日遊びに行くような予定はなかった。


「そっ。じゃあ、お出掛けしましょ」


「ああ、わかった」


「ちゃんとおめかししてきてよ? あたしもするから」


「うっせー」


 アハハ、と俺達は笑い合った。




「ん?」




 しばらく笑い合って、思わず俺は足を止めていた。

 頭の中では、今の結衣との会話を整理していた。


 まず、俺は今、こいつに今週の日曜日の予定を聞かれた。俺はそれに対して、何もないと答え……そうしてお出掛けしようとこいつに言われた。

 後、めかしこめとも言われたな。


 ……ふむ。


 めかしこんで、二人で休日にお出掛け、か。




 え待って。

 これもしかして、デートのお誘い?


 今俺、こいつにデートに誘われたの?


「急にどうしたの?」


 足を止めて口をパクパクさせていると、結衣から怪訝な目で尋ねられた。


「別に」


「何よ、言われないとわからないんだけど」


 プンプン怒る結衣に、お前にデートに誘われてテンパってるんだよ、と言えるはずもなかった。


 まったくこの女は、いつも突拍子もなく突拍子もないことを言う。


 ……いや待てよ?

 こいつの性癖を知ってから、散々俺はこいつに振り回されてきたわけだが……。


 もしかして、日曜日の話もその延長線の話なのではないだろうか?


 ……思えば今、こいつは俺に一言もデート、と口にすることはなかったじゃないか。

 ただ、お出掛けしよう、と言っただけ。


 ……なあんだ。なんだ、そういうことかー。


 びっくりさせるなよ、もう。


 安堵したのも束の間、もしかしてそれ何かしら理由を付けて断った方が良かったんじゃないか、と俺はまもなく頭を抱えて後悔するのだった。

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