反省会

 いつかの結衣との会話を思い出していた。

 あれは確か、都大会決勝を行った日。つまり、俺が平塚に負けて、そうして関東大会へ向けての士気を高めていたそんな夜のことだった。

 唐突に、結衣が加奈のスマホ伝いに俺にコンタクトを取って来たのだ。


 半身浴をしろ。

 新陳代謝を高めろ。


 そんな結衣からの指示の元、仕方なく俺は一度風呂に入ったにも関わらず半身浴に赴いた。

 退屈な三十分だった。

 そんな俺の退屈さを察してか、結衣は献身的にも俺に俺が半身浴の間話相手になってやると宣ったのだ。


 そこで、俺は結衣から目ん玉が飛び出るような話をされた。


 あいつは言った。

 俺のテニスウェアを崇める人。通称(俺調べ)テニスウェア教信者。実は結衣以外にももう一人、その教徒が存在するのだと。


 聞きたくない話だった。

 思い出したくもない話だった。


 ……ただ、思い出してしまった。


 今、俺からテニスウェアを奪った二人の女を見て……思い出さないはずがないではないか。


「ひっく……ぐすっ」


 ガチ泣きだった。


 だって……結衣は、まだわかる。もうあれは手遅れだから、わかるのだ。




 君は駄目だろ。


 ユウキ、君は……そんな、邪心の道に堕ちてはいけないだろ……。




 二人との反省会が決まったのは、俺のメンタルが落ち着いた頃。この二人に対して言ってやりたいことがあったから俺がファミレスに誘ったのが起因していた。

 女子二人と仲睦まじくテニスをした後、ファミレスへ赴く。

 一見すると色恋沙汰にも近いそんな状況。しかし、内心はまるでそんなほの明るいものはなかった。


 嫌だ、嗅ぎたいと駄々をこねる結衣を引っ張って、無理やりファミレスに三人で向かった。

 ファミレスに入店する頃には、結衣もさすがにおとなしくなっていた。


 そんな二人を対面に座らせ、俺は般若のような顔立ちで二人を睨みつけていた。


「どういうことか説明しろ」


 冷たく言った。

 怯えるユウキ。ごめんね?


 お前は少しは反省しろ、結衣。メニュー眺めてるんじゃないよ。


「説明も何もないよ」


 メニューを眺めながら、結衣はそう前置きをした。なんだかんだ、俺が何に腹を立てているか理解しているようだった。


「言ったでしょ。一人、その道に誘った子がいたって。それがユウキだった。それだけ」


「それは薄々わかってた」


 わなわなと震える声を抑えながら、俺は続けた。


「俺が聞きたいのはそう言うことじゃない。その……」


 言いかけて、言葉がつっかえた。




 俺が言いたいことはなんだろう?

 

 腹が立ってここまで二人を引っ張ってきたが……俺は二人に、何を叱って、どうしたいと思ったのだろう?


 少し考えた。

 そして、気付いた。


 ああ、そうか。

 



 俺はこの二人に……そんな変態染みた趣味を止めろ、と言いたかったのだ。



「俺のテニスウェアを嗅ぐの、止めてくれない?」


「無理」


「右に同じです」


 結衣はまだしも、君もかいっ!


 ばっちり教え込まれてる……。


 この頑とした態度。いくら言っても無駄だろうと思わせる迫力。




 無駄なところに意欲を出すなよ……。




「わかった。わかりましたよっ。好きにしろよ、バーカバーカ!」




 投げやりに、俺は叫んだ。

 ひとしきり叫んで落ち着いて、少し泣きそうになって……頭が混乱気味なことに俺は気付いた。


「頭の中、整理したいんだけど……いい?」


「どうぞ」


「注文の後でいい?」


 言うより早く、結衣はピンポンを押していた。

 ウェイトレスに軽食数品を頼み、そして再び場は整った。


「三人で割り勘ね」


「そうですね」


 場は、一切整っていなかった。


「会計はアキラがしてよ」


「なんで。ヤだよ、俺人見知りだぞ?」


「馬鹿ね、あんたを立ててやってるの。女の子に会計をさせる男なんて、格好がつかないでしょ?」


「ああ、そりゃどうも……」


 そういうところの気は利くんだよな。もっと色々気を利かせて欲しいことがあるんだけどさ。


「で、なんだっけ」


「頭の中の整理をさせてください」


「どうぞ」


 結衣に手を出され促された。

 テニスウェア教から足を洗うことは断固拒否だが、この辺は柔軟らしい。


 もっと色々柔軟に対応しろよっ!!!


「えぇと、まず。この前、お前俺に上納金を増やすからって指示したけど……それって彼女の分を確保するためだったのか?」


「そうよ。それ以外に何があるのよ」


「つまりそれって、いつかお前が彼女を脱退させる理由として話した自分の取り分が減る、の対策ってわけか」


「そうそう。物分かりがいいね、アキラ」


 誰のせいじゃい。


「ユウキ、凄い食いつきだったよー? え、いいの? そんなことでいいの? って。二つ返事だった」


「結衣ちゃん……? ちょっと、恥ずかしいよ」


 ブイサインを見せる結衣に、ユウキは恥ずかしそうに頬を染めていた。


 そんなに恥ずかしいならその趣味止めればいいのに……。




 ……いつか、平塚が言っていた。


 結衣は、ユウキに電話する時は柔らかい口調で優しい微笑みを見せるって。



 今なら、その理由がわかる気がした。



 あいつが、そんな顔を他人に見せる。それは特定の、特別な相手にしか見せない行為。

 俺の妹の加奈にだって、俺はあいつがそんな顔をしているのを見たことがないくらいだ。


 それを、電話口で結衣はユウキにしていた。



 だから平塚はユウキが結衣の恋人なんだ、と思ったわけだがそうじゃない。



「お前達、つまりは師弟関係ってことだよな」


 つまり、あの柔らかい口調。優しい微笑みは……。




「お前にとって彼女は、目覚ましい成長を遂げていく弟分だった、と」




 同じ趣味。同じ性癖を持った同じ宗派の信者。しかも愛弟子。


 そんなユウキだから、結衣は特別扱いしていたのだろう。だから、柔らかい口調。優しい微笑みを見せたのだろう。


 納得。




 テニスウェアで結ばれた師弟関係には疑問符しかないけどねっ!

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