カミングアウト
初めから違和感があったのだ。
結衣に中学女子テニス界で全国三連覇を果たすような人と友人になれる人脈があったことも、そんな輝かしい実績持ちの子がどうして俺みたいな泣き虫弱虫と練習しようと思ったかってことも。
ただ、この僅かばかりの会話で全て理解した。
「お前達は……いわばテニスウェア教の教祖と信者」
「テニスウェア教……?」
「あいつが自分のテニスウェアを崇め奉る人に向けて使う文句よ」
無視。
「だから今回の件、ユウキさんは俺との練習の件、こいつに言われた瞬間に飛びついた」
最初はそれが不可思議だと思ったものだ。
練習試合終わりに気付いた、ユウキにも利益があるから、という話もどこか腑に落ちないところがあった。
格上相手との練習の場。
それをユウキは設けることが出来て良かったと言ったが、彼女の所属するクラブチームに行けば、そんな人ゴロゴロいそうな話だ。
俺以外の、例えば他の男子にでも頼めば手軽に済んだ話なのだ。
それでも、そいつらと練習するのではなく俺との練習をユウキが望んだ意味。
つまりはそれが、俺のテニスウェアだった、と。
……俺は変態ではないからよくわからないが、結衣を見ていてわかることがある。
それは、あいつが俺に練習を課すようになる前と後での、あいつのテニスウェアに対する反応の変化だった。
前までなら俺にバラさずとも、言うなれば俺に深追いせずともあいつは俺の匂いに満足出来ていたはず。
なのに最近のあいつときたら、日に日に俺に課す要求がエスカレートしているのだ。
それだけ俺が高負荷の練習に対応出来るようになった、という部分も否定は出来ない。
しかし不可解なのは、あいつは俺の練習メニューに介入するようになってから随分とそれを楽しそうに考えていることだった。
小さい頃、砂場で結衣とお城を作った。
我ながら感受性が乏しい幼少時代を送っていた俺は、お城を作れと指示をされて効率を重視したのだ。
結果作られて城は、最早山……もっと言えば、ただの丘だった。
あいつはそんな俺の気付いた砂の城を踏みつぶして破壊した。
お城に興味はなかったが、さすがにその時は驚いた。
え、そこまでする……? と。
それからあいつは自ら砂の西洋風のお城を築きあげたが……俺が城を作っているのを見ている時。自らが手を汚しそれを作っている時。
明らかにあいつの顔は違ったのだ。
何が言いたいかってつまり、あいつは自らが直接手を下した物の方を好む習性があるってことだ。
そして自らの手で作った物に愛着を覚えるってことなのだ。
あいつが俺に練習を課すようになる前と後。
つまり、あいつが俺のフレーバーを好みのそれに出来るようになる前と後。
明らかにあいつは、後の方に幸福、いきがいを感じていた。
そしてそんな女を師と仰ぐユウキさんが、同じように自らの手で俺のフレーバーを変えていくことに性的幸福を感じるのは至極当然だと思ってしまうのだ。
だからこそユウキは、同じクラブの人間ではなく結衣を、引いては俺との練習を選んだ。
よくわかった。
しかし、腑に落ちない話もまだあった。
「ユウキさんはなんでそこまで俺の匂いに拘るの?」
いつも身近にいた結衣ならまだわかる。
腐れ縁の結衣とは、不慮の事故でたまに匂いを嗅いでしまうようなきっかけとも呼べる出来事はごまんとあったはずだからだ。
でも、今日まで見覚えがあるかないか、なんとも曖昧な関係だったユウキが俺に……俺のテニスウェアに、心酔した理由は一体何なのだろうか。
いいや、少し違う。
ユウキが俺のテニスウェアの匂いに心酔したのは……かの悪徳新興宗教教祖の女のせいなのだろう。
俺が知りたいのはつまり、ユウキが俺の匂いに興奮を覚えるようになった発端。
怪しげな言語が並ぶそんな理由を……俺は求めていた。
俺の疑問を解消してくれたのは……。
「この子、あんたのことが好きなのよ」
フライドポテトを美味しそうに齧る結衣だった。
しばらくの静寂。
静寂を破ったのは……。
「やっべ、これ言っちゃいけないやつだった」
フライドポテトを飲み込んだ、師匠だった。
「結衣ちゃん!?」
ユウキの悲鳴が、ファミレスに響いた。
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