ポテトが美味しくてつい……

「もうーっ。もーっ!!!」


 ご立腹のユウキ。


「ごめん。本当にごめん。ポテトが美味しくて……その、つい口が滑って……その」


 平謝りの結衣。


 放心の、俺。


 唐突なカミングアウトに、俺が放心するのは何ら不思議ではない話だった。

 そんな、まさか。

 俺からしたらユウキなんて見覚えのない少女だったのに、向こうからはそんな想いを抱かれていただなんて。


 クンカーであること。

 好意があること。




 もし知る順序が逆だったら危うく嵌められてしまうところだった……!




「まあまあ、落ち着けよ」


 師弟関係とは真逆の状況の二人に、俺は落ち着くように取り計らった。

 意外と、俺の気持ちは落ち着いていた。


 まあ。事前に、ユウキがクンカーであることを知れていたわけだからね。


「手、めっちゃ震えてる……」


 そんな俺を呆れるように見る結衣。


 え?

 てってててて手?


 ふふ震えてへんしぃ?

 

 動揺を隠すように、俺は咳ばらいを一つした。


「……いつ?」


 咳払いすると、ようやく気持ちが落ち着いた。


「へ?」


「いや、その……俺達別に、接点なかったじゃん」


 一体いつ、俺に好意を抱くようなタイミングがあったのか。

 それが俺の次なる疑問だった。


「……アキラさんは気付いていなかったみたいですが、あたし達大会ではいつも顔を合わせてたんですよ?」


 寂しそうにユウキが言う。


「あんた、大会中はいつもこの世の終わりみたいな顔してたもんね」


 俺が気付かなかった理由を結衣は語る。


「でも、試合になるととても楽しそうにプレイをしていた。そんなあなたのことを……気付いたら目で追うようになっていました」


「お、おう……」


 何それめっちゃ一途。

 胸やけを覚えるくらい、俺には荷が重いくらいめっちゃ一途……。


「それで、ある時ふとこの気持ちが好意だって気付いたんです」


「……それは」


 俺は、淀む口調で続けた。


「ライク、的な?」


「ラブの方です」


「あっ、はい……」


 視界が泳ぐ。

 背筋がむず痒い。

 両手が手持ち無沙汰でもじもじしてしまう。


 いつもクールな俺なのに、なんだか気持ちが浮足立つ。


 ……ショッキングピンクの世界に飛び込むには、俺はまだ幼く若かった。


「そうそう、そういうことだよ」


 話がまとまりそうな雰囲気に、火付け役になった結衣が安堵しつつ言った。




「それくらいアキラのことが好きだから、ユウキもあんたをストーキングしてたんだからっ!」




「へっ!!???!?!」


 声が裏返った。


 い……今、なんて?


「結衣ちゃーん!?」


 怒るユウキ。


「……あっ! ……あうあう」


 狼狽える結衣。




 俺はと言えば……走馬灯でも見ているようにある日の出来事を思い出していた。

 それは、さっきも思い出したいつかの半身浴での結衣との会話。


 布教相手に関することをあいつが語った、夜のことだった。


『……あたしが布教活動したのは、一人だけ。あの頃のあたしは若く、幼稚だった。だから、自分の良いと思っている物を色んな人に知って欲しかった。でも、今よりも良識もあったから……だから、精鋭にだけ教えた』


 あの夜あいつは言っていた。

 バツが悪そうな声で、言っていたのだ。


 布教相手が……ユウキが、テニスウェア教に心酔するに値する精鋭だったと……語っていたのだ。




 恋路の話で浮かれたが、一つ見落としていた話があったことに俺は気付いた。

 ユウキが、俺に……俺のテニスウェアに心酔した発端はこれでわかった。




 でもそれは、ユウキが結衣と出会う説明にはなっていないのだ。




 ユウキと結衣は、何故出会ったのか。

 ストーキングという言葉を聞いて、俺はようやくそれを理解した。


「……ユウキ、さん?」


 結衣の胸倉を掴んでぐわんぐわんするユウキに、震える声で俺は話しかけた。


 怯えるユウキの瞳が、俺を見た。

 一瞬身震いを覚えたが……俺は生唾を飲みこみ、覚悟を決めた。


「もしかして……俺の家の住所、知ってる?」


 ユウキは。


 驚嘆。

 動揺。

 悲壮。

 覚悟。


 そんな顔を次々に見せて……ゆっくりと頷いた。


「ひっ」


 思わず悲鳴を上げていた。


「ち、違うんですっ」


「何が違うんだよっ!!!」


 思わず叫んでいた……。


 ……つまり、だ。


 ユウキと結衣が出会ったのは、俺の家の前。

 結衣も、俺のテニスウェアのためにテニスに対する学びを深めていたそんな頃、見かけたのはそこにいるはずもない他学区の少女で中学女子テニス界で有名だったユウキだったのだ。


 そこで結衣は……恐らくユウキから同種の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

 丁度自らの良いと思うものを布教したい欲求に駆られていた結衣は……。




 ……それがこの変態達の出会い。




「うぅぅぅ……」


 怖いよぅ。怖いよぅ。


 この変態達、怖いよぅ。


 涙が止まらなかった。

 他の客が心配げに俺達のテーブルを見ているのに、そんなことには気付くことも出来なかった。


 それくらい俺は、試合の時以上に今この状況に追い込まれていた。


「だ、大丈夫です、アキラさん!」


 取り繕うとするユウキの声は慌てていた。




「今ではあたし、アキラさん以上に好きな物があるんです!」




 そして、今日一番驚愕するそんな仰天台詞を変態二号は宣い出した。




「今はあたし、アキラさんのテニスウェア一筋ですっ!!!」




 それで取り繕えた気になっているユウキと、自らの弟子が敬虔なテニスウェア教徒になれたことを喜ぶ結衣。

 こいつら何にそんな納得しているの?




 ぶっちゃけ、それが今日一番傷つくんですけど……。




 また俺、俺にとってはただの衣類に負けるの?

 ここまで来ると、いつか思ったテニスウェアが元凶って説が否定できないことに、俺は涙も枯れて頭を抱えるのだった。

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