常識人?
ヒリヒリする頬を擦りながら、女二人に続いてテニスコートに入った。
コートに向かうまでの間、結衣とユウキは、仲睦まじそうに会話を楽しんでいた。やれ最近学業に付いていくのが大変だの、やれ最近リップを変えただの。なんとも女の子らしい会話が飛び交うから、俺は中々口も挟めず、疎外感を味わいながら後に続いていた。
ただコートに入る頃に、そんな疎外感に苛まれる機会は珍しくないことに気付いた。
そして、そうなった時の俺がいつもどんなことをしていたか。浮足立って忘れそうになっていたが、まもなく気付いた。
こういう時俺がしていたこと。
それは、他所事を考えることだった。
今、一番思考を巡らせたいこと。
それは、結衣の恋人疑惑についてだった。
平塚とどこかの後輩曰く、結衣の恋人の名前はユウキ。そして、そのユウキは今、俺の前で結衣と話しているまさしくその人。
……であれば、間違いない。
このユウキが平塚達の言っていたユウキなのだろう。
であれば、このユウキが結衣の恋人?
LGBTに寛容なこの小説なら、その線もないとは言い難いが……ただ、さっきそう思って結衣に哀れみの視線を送ったらビンタされたんだよなあ。
あれは、つまりそれは違うってことを意味しているような気がする。
いやまあ、当人は一言もそうだよ、とは言っていないんだけどさ。なんだかんだ俺達の付き合いは長いし、あ、こいつまたろくでもないこと考えるなってことは向こうも了解していたと思うんだよな。
そうでもないと、普通ビンタなんてしないだろう。
では、このユウキと結衣が密に連絡を取り合っていた理由は何なのか。
それも、ただ密に連絡を取り合っていたわけではないのだ。
たかだか数十分で自らの貴重な休日を結衣と俺なんかのために過ごすことを了解してくれたり。
忙しい中すぐに電話に応じてくれたり。
柔らかい声色で優しい微笑みで電話に応じたり。
……まだ、最初の二つは説明がつくんだよな、正直。
たまたま休日に誰かと遊びたい気分だったから了承した。たまたま暇だったから電話に応じた。
こんな場面は容易に想像がつく。
でも……柔らかい声色、優しい微笑みは……まあ、中々する場面がイメージ出来ない。
結衣が俺以外の人にそんな顔と口調を見せたこと、そんなのこれまで一度だって見たことはないんだ。
あの、加奈にだってそうなのだ。
……単に俺が外界と交易を遮断しすぎているだけなのだろうか。
どうやら俺は、他称孤高のテニスプレイヤー(ぼっち)みたいだし。その線は、なくもない。
ただまあ、今とにかくわかっていること。
それは、結衣とユウキが何やら特別な関係、ということくらいだろう。
「ちょっと」
考えに耽るあまり、俺はすっかりボーッとしていた。
そんな俺を叱るように睨む結衣。
そして、苦笑するユウキ。
「いつまでそうぼんやりしてるのよ」
そんなに怒られるくらい、俺はぼんやりしていたのだろうか。
「しっかりしなさいな。テニスコートだってずっと借りれないのよ」
「あ、ごめん」
「結衣ちゃん、この練習の前に基礎練どのくらいさせたの?」
「どのくらいって……」
ユウキの問いに、結衣は天を仰ぎながら、指を一本、また一本と折りつつ俺にさせた練習を告げた。
「もうー、結衣ちゃん。あんまり練習前に追い込んじゃ駄目だよ」
……ん?
「ユウキ、いいの。この人にはこれくらい言わないとわからないから」
手厳しい結衣。
「まあまあ、休憩だって立派な練習だよ」
……甘い、ユウキ。
「ね、アキラさん?」
そして、ウインク。
……もしかしてだけど。
もしかしてだけど?
……ユウキ、君は今……フォロー、してくれたのか?
そんなはずはない。
そんなこと、あるはずがない。
俺の周りの人はいつも、俺に手厳しく当たって来た。
妹の加奈だって俺がテニスの練習をサボると駄目だよと軽く叱る。
変態の結衣なんて厳しいことが正義みたいな感じで接してくる。
両親は、出番もないし除外。
そんな厳しい周囲の厳しい風当たりにずっとさらされてきた。
それが……酷く苦痛だった時だってあった。
それなのに君は……フォローしてくれるのか?
「……ううっ」
「ええ……」
涙を禁じえなかった。
目頭を熱くしたら、結衣に引かれた。
「今、どこに泣く要素があった?」
「ようやく加奈以外の常識人が俺の前に現れたんだなって……」
「そ、そんなっ。それほどの人間ではないです」
常識的に謙遜するユウキ。
「あははっ、確かに」
開き直って納得する結衣。
「まあ、類は友を呼ぶってやつよね」
「おいちょっと待て。それだと俺が常識がないみたいじゃないか」
そもそも、自分が非常識人って言われるのはいいの?
普通、俺みたいに否定するよね?
俺、普通だよね?
常識人だよね?
思わず、俺は助け舟をユウキに求めていた。
「えっと……」
明らかにユウキは困った顔をしていた。
「アキラさんは、常識人だと思いますよ……?」
可愛らしく微笑み、そう言った。
「ほら見たことか。ほら見たことか」
「初対面の子に何がわかるのよ」
結衣の突っ込みに、思わず黙った。
……ふむ。
確かに。
「わ、わかりますよっ」
そんな俺達に苦言を呈するユウキ。
「……わかります、よ?」
しかし、まもなくユウキの声は尻込みしていき、語尾には疑問形が付いた。
三人の間に微妙な空気が流れた。
食いかかってなんだが、正直そんなに食いかかるような話ではなかったな、と俺は思っていた。だから、なんだかそこまでユウキにフォローをさせてしまって、申し訳ない、と感じていた。
「押し問答も時間の無駄だし、早速練習始めましょうか」
結衣の声に、俺達はようやく練習を始める気になったのだった。
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