業が深い女

 三原ユウキとの練習は、今週の土曜日に行われることになった。

 それまでの間、浮足立つ気持ちを抑えながら学校生活、部活に勤しんだ。


 平塚にはあれから、度々ユウキの正体を突き止めたか、と聞かれる。……度々、と言ったがあれは嘘だ。毎日聞かれる。

 毎日毎日、ユウキの正体はわかったか、どうなのかと聞かれている。


 そんなに毎日聞くなよ、と正直思う。

 俺ならばユウキの正体を突き止められるとでも思っているあいつが気に入らないし、そもそもなんで毎日聞くんだよ、ストーカーみたいじゃないか。


 まあ、ユウキさんの正体、もうまもなくわかるんだけどさ。そういう意味だと、毎日のように俺を尋ねてくるあいつは正しいのかもしれない。

 ただそれは、まだ平塚に伝えていない。

 これから会うんだ、なんて話突然してみろ。どうしてだとか色々根掘り葉掘り聞かれることになる。そんなの、俺が秘密特訓をしようと考えているってばらすようなものじゃないか。


 だから、まだあいつには何も言っていない。


 ……それに内心で、結衣の恋路を邪魔しちゃいけない。そう思う気持ち多いにあった。


 色々と私欲を見せる女ではあるが……あいつにこれまで何度助けられたのか。俺にはそれがもう、数えきれない。

 そんなあいつの邪魔をしていいものか。


 いや。




 ……良いはず、ないじゃないか。




 頭が痛くてしょうがない毎日だった。


 そんな日々も一日、また一日と過ぎていく。


 そうして、満を持して土曜日を迎えた。


 朝起きて、リビングでぼーっとしていた。スマホが鳴り響く。


「もしもし」


『もしもし。もう出れる?』


 テニスコートを予約した三時間くらい前の時間。そんなタイミングで結衣は俺に電話をしてきた。


「え……早くない?」


 こんなに早く行っても、テニスコートは使えない。しかし、結衣はどうやら別の意図をもって言っているようだった。


『別に、テニスより先に基礎練習したっていいじゃない』


「……確かに」


 納得。


『家の前で待ってるから』


「あ、うん」


 電話を切って少しぼんやりして、まもなく大急ぎで俺は準備を始めた。こんな誘いがあると言うことは、ユウキさんももういるのだろう。

 結衣……と、結衣の恋人、ユウキさんを待たせるわけにはいくまい。

 そう思って、五分で身支度を済ませて外を出た。


「お待たせ」


 息を切らして外に出ると、そこには結衣しかいなかった。

 ユウキさんとは、現地で会うんだろうか。


「おはよう。……もうっ」


 顔を合わせるや否や、結衣は不機嫌そうな顔で俺に近寄った。


 そして、ちょいちょいと俺の髪をいじった。


「寝癖、付いてる」


「……あ、そう」


 高鳴る心臓を抑えて、結衣に成されるがままにして、少しして最寄り駅へと二人で向かった。

 電車に乗り込んで、テニスコートの最寄り駅で降りた。テニスコートは公園内にあるため、しばらくは公園で基礎練習をする、と結衣に伝えられた。


「……なあ」


 しかし、少し違和感。


「何?」


「……ユウキさんは?」


「……ぷっ」


 結衣が噴き出した。


「もうユウキは年下だよ。別にさん付けは要らない」


 ユウキさんに対して慣れ慣れしい結衣を見て、少し胸が痛かった。どうしてか。わからない。最近、こいつのことになるとわからないことが多い気がするのは、気のせいか。


「それは先に言え」


 そう突っ込むのが、精一杯だった。


「で、ユウキは?」


「まだ来ないよ」


 俺は、結衣の答えに首を傾げていた。


「一緒に練習するんだろ?」


「するけど……でも、あんたがへばっているくらいで丁度良いと思うんだよね」


 まあ、これでも一応全国区だしな。

 名も聞かないユウキとやらに負ける俺ではない。勿論、万全の状態であれば、だ。


 なるほど。

 それで試合前に俺の体力を減らすって魂胆か。


 別に恋人とはいえ、こいつはユウキさんに勝って欲しいから俺の体力を減らそうって考えているわけではないだろう。

 言ってしまえばこれは、単に俺に対するハンデを設けるための下準備。試合条件を五分にするため、より練習に身が入るようになるための準備なのだ。


 そうはわかっているが、少しだけ気に入らない気持ちがあるのは、気のせいだろうか。


 体力が減った状態でユウキをぶっ潰してやる。

 いつしか、そう思って練習に励んでいた。どうしてそう思ったか、それはさすがにわかった。


 これは、嫉妬。


 何に対する嫉妬か。

 それもまた、考えるまでもなかった。


「そろそろ時間だね」


 ヘトヘトな状態になった頃、ようやくテニスコートの予約時間が巡って来た。


 膝に手を付き、息を荒らし。


 これから三時間、ユウキとの実戦形式の練習か。




 ……吐かないようにはしないとな。




 グロッキーな状態で、うんざり気に思った。


「あっ」


 そんな俺に反し、快活な声を上げる結衣。

 その声に、俺は条件反射で飛び上がった。


「ユウキー」


 来た。



 ……来た!



 さあて、ユウキ。


 ヘロヘログロッキーな状態だけど……あっさりのしてやる。




 かかってこい!



 結衣が手を振る方向に顔を上げて。




「……ん?」




 俺は、目を疑った。


 身長は俺とほぼ変わらない、か少し大きいくらいか。

 スポーツをしているためか健康的にこんがり焼けた肌。


 長く、シュシュでまとめられた黒髪。


 ふともも。

 くびれ。

 胸。



「……んん?」



 人違いだろうか。


「結衣ちゃーん」


 人違いじゃない……。


「……えぇと」


「あ、ユウキ。紹介するね。こちら、奥村アキラ。あたしの腐れ縁で……ま、説明するまでもないか」


「うん。知ってるもん」


「……じゃあ、アキラ。こちら三原ユウキ。あたし達より一学年下の子だよ」


「あ。どうも」


 俺は丁寧に頭を下げた。




 ってそうじゃない。




「……ユウキさんって、女の子だったんだ」




 思わず、呆れてしまった。

 平塚の言う結衣の恋人が……女の子だなんて。




 いや、待てよ?




「アキラ、突然あたしをなんでそんな哀れみの視線で見るの?」




 結衣、お前……。




 お前、レズだったのか……?




 ……業が深すぎんだろっ!!!




 先日よりも強めに、結衣に頭をひっぱたかれた。

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