気にしていてもしょうがない
平塚から聞いた結衣の恋人、ユウキの話。
いつもあれだけ色々と……本当に色々と色々されている相手に見えた恋人の影。それに慌てた気持ちがなかったと言えば嘘になる。
でも、俺はなるべくユウキさんのことを気にしないように部活に励んでいた。
結衣に恋人が出来た。別に好きなわけではないあいつのことだが、俺は下世話な話が好きだからそのことに興味がないわけではなかった。
しかし、俺は生憎ユウキさんとは知り合いではないし、知らない人の幻影を追って浮足立つ、空回る。それが馬鹿らしいと思ったのだ。
どっかの誰かを見たから、より一層そう思った。
まあ、最初はそんな感じで意識しないように努めて練習に励んでいた。しかし、まもなく部活に打ち込んでいると意識せずとも練習に集中出来るようになった。
先日の試合では、あれほど神がかり的なプレイを出来たのだ。何度も何度も。あの時のプレイを見ればそれがまぐれなんかではなかったとわかるくらいだったのだ。
「チクショウ……」
なのに、あの試合以降の練習ではサーブも、コードボールも再現出来ずにいた。
そんな状況が歯がゆく、そして焦りに変わりつつあり……気付けば、ユウキさんのことなんか意識の外へと追いやっていたのだ。
先日、結衣に言われた。
あの時の試合のような集中力を見せられてこそ、再びあの時のようなプレイをすることが出来るのだ、と。
今の俺は、あの時までとは言わずとも試合に集中している。変態幼馴染の恋人だなんて、トレンディードラマなら1クール書けそうな面白いネタが目の前に転がっているのに、それを無視出来るくらい集中しているのだ。
でも。
それでも、再現することが出来ないのか。
異常に高い目の前の壁に。
そして、それを先日難なく超えた自分に。
驚きと、そして悔しさを俺は感じていた。
とはいえ、いつまでも凹んでいる場合ではなかった。
練習の時間は限られているし、そう簡単にあの時のようなプレイが出来ないとわかったのなら、それならそれで試合で使える新たな武器を取得する必要があるのだ。
「おい」
練習終わり、俺は結衣を呼び止めた。
そのことで平塚含む数人から睨まれたが、今はそんなことはどうでも良かった。
「今日も練習、付き合ってくれ」
「わかった」
結衣の快諾も得て、俺は早速部活後の練習を開始した。
最初は、結衣の基礎練習のメニューをこなした。数週間続けるこのメニュー。最初は毎日グロッキーだったが、さすがにそろそろ慣れつつあった。
「ゼェゼェ……」
息は荒いものの、いつもより早くそのメニューを俺はこなした。
「お疲れ。今日は随分気合入ってるね」
うつ伏せに倒れる俺に、結衣は快活に言った。その快活な声に、俺の日頃の練習の成果を喜んでくれたのか、と思ったが、そう言えばこいつが変態だったことを俺は思い出す。
今日も今日とて、俺はこいつの望みを叶えられているらしい。
「今日はちょっと早いけど……どうする? 終わる?」
「終わら……ゼェゼェ、ない」
「息切らしてるのにすっごいやる気」
嬉しそうに、結衣が言う。そんな結衣に向かい、俺はゆっくりと立ち上がった。
「セットプレイの練習をしたい」
掠れる声で、俺は言った。
「セットプレイ?」
「うん。今日も、俺はこの前の試合のようなプレイが出来なかったんだ」
「……まあそうだったね」
「ああ、だからあの神がかりプレイを待つのではなく、それ以外でも試合を有利に進められるような準備がいる」
「そうだね、その方が良いと思う」
結衣は納得していた。
「あの日、結局コードボール攻めも攻略されてたもんね。他に攻撃の選択肢があったら、試合に勝ててたかもしれないもんね」
「おう、それもあるな」
「なるほど、それでセットプレイね」
わかりみが深い結衣に、俺は感謝していた。今日初めて、こいつが幼馴染で良かったと思った。
「でもさ、一つ気になることがあるんだけど」
「何かね」
「なんで他の部員の子達を頼らなかったの?」
……それは、一番最初に考えた。結衣に頼るより、他部員を頼った方がより実践的な練習が出来るから。
「昨日の敵は今日の友。昨日の友は今日の敵。敵に手の内を晒したくなかった」
「なるほど、理解した」
でも、と結衣は付け足した。
「あんた、昨日も今日も友いないでしょ」
「うっさい」
なんだよなんだよ皆して。
俺には友達いない、友達いないって。
そんなに言わなくたっていいじゃないか……。
友達、いると思ってたのに……ここまで言われるとそうなのかもって思っちゃうじゃん。
「あーもう、半べそ掻かないの。ごめんね、言い過ぎた」
泣きじゃくる子供をなだめる母親のように、結衣は俺の頭を撫でていた。
俺は、目尻に涙を蓄えていた。
……ぐすっ。
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