ストーカーみたいな情報収集力
結衣の恋人の名前。
いきなりそんなことを言い出した平塚に、俺は首を傾げていた。
結衣の恋人の名前。
それだとまるで、結衣に恋人がいるってことみたいじゃないか。
……結衣に恋人?
あの……結衣に?
あの変態に。
あのクンカーに。
……あの、見れくれは良い結衣に?
「……ああ」
あー、まあ、ありそう。
あいつ、見てくれは良いし。それに女子高生って年齢も、恋をするにはうってつけだ。思えば、あいつが恋人の一人も作ってないって発想って、あいつが変態ってところに基づいての発想だよな。
つまり、変態以外であいつが恋人の一人も作れない絵面が想像できない。
……ん?
てえことは。
「えぇぇぇぇっ!??」
あの結衣に、恋人がいるっ!?
そんな話ってある?
あいつ……俺のテニスウェアより好きなもんがあったのかよ。
……いやいや。
いやいやいやいや。
「ないないない」
頷いて驚いて、忙しい俺は最後には顔の前で手を横にブンブンと振っていた。
そうだよ、ないない。
あいつ、多分人よりテニスウェアの方が好きなタイプだろ。そんなタイプの人、あいつ以外に俺は知らないが、これまでのあいつの行動を見ればそうだと思って何らおかしくない。
そうだよ、あいつが好きなのは俺のテニスウェア。
花より団子より、男より……あいつはテニスウェア!!!
「……うわぁぁぁあ」
「さっきから一人忙しい奴だな」
トドメにドン引きしたら、あまりの百面相ぶりに平塚から苦言を呈された。
「ごめん」
一先ず、俺は取り乱したことを謝罪した。
「でも、あいつに恋人だなんてそんなことあるはずない」
「好きでもない人のことなのに、どうしてそうだと言い切れるんです」
「確かに」
深く納得した。
いやそれじゃダメだろ。
「とにかく、それはない。絶対にない。……そのくだらないガセ情報、どこ発信だよ」
「テニス部の同級生からです」
「はっ」
思わず鼻で笑ってしまった。
何だよ、たかだか結衣と出会って数か月の男の話を鵜呑みにしたのか、こいつは。
こちとら結衣とは数十年の付き合い。
そして、結衣とテニスウェアの付き合いは実に六年!!!
俺と……テニスウェアの強力タッグに、お前ら太刀打ち出来るん?
「そいつ、見たんです」
「何をだよ」
一先ず、聞いてやるよ?
ほら、言ってみ?
「……それはある日の、部活終わりのことでした。一年はまだ特別待遇をされている僕を除いては基礎練習が中心のメニューをこなしている。そんな中、そいつはいつも部活終わり間際のランニングがビリでね。そいつが外周を走り終えたのは、皆が球拾いを始めている最中だった」
……なんか、ちょっと語り口がホラーチックだな。
「ああ、いつも通り最下位か。自分は果たして、この後どこまでテニスを上達出来るのだろう。そいつは今後に不安を抱きつつ、何とかランニングを終えた。
汗が止まらなかったそうです。とめどなく溢れる汗に……思わず、そいつは球拾いよりもまずはタオルで顔を拭きたい衝動に駆られた。だから、一旦テニスコートではなく部室に歩を進めた」
「ふむ」
「そこで……見たんです」
ゴクリ、と喉を鳴らした。
「その時の彼女は……いつものように、端正な顔立ちで電話に取り合っていたそうです」
彼女、とは結衣のことだろう。
「思わず、そいつは魅入ってしまった。汗をたくさん掻いたことも忘れて、目に汗が入ることも苦痛ではなく、ただ橘先輩を視線が追いかけていた。
そしてそいつは……心を打たれた。
優しい微笑み。
柔らかい口調。
まるで、聖母を見ているようだったと言います」
……ふむ。
「それでそいつは思った。あ、今橘先輩が電話をしているのは、恋人だなって」
「へえ」
……って。
「それだけ?」
「それだけ? それだけだと!?」
突然、平塚が怒りだした。
こいつ、キャラ崩壊しすぎだろ。
「あんたはわかってない! 橘先輩が優しい声色で話すこと。微笑むこと! それにどんな意味があるか、ちっともわかってない!!!」
「あ、はい」
「……そんなの。そんなの、恋人以外ありえないじゃないか!!! 羨ましいっ!!!!!」
……優しい声で話されるのも。微笑まれることも。
俺は大概、覚えがあるんだがなあ。
こいつは、結衣にそれをされた体験がないらしい。
……まあ、一理あるのかもしれない。
何より俺には、テニスウェアがあるし。あいつが私欲のため、俺に媚びを売る可能性だって多少はあるわけだ。
なるほど。だとすれば、あいつが微笑みを見せる相手は特別な相手だけ。
聖母のような柔らかい声色に、優しい微笑み、か。
「……そいつは、こっそりと橘先輩の電話を盗み聞きました」
「えっ」
正直、今の発言が今日一番度肝を抜かれた。
ふと思った。
結衣の会話を盗み聞きしたそいつ。
そして、それを聞いて憤る平塚。
……お前ら、ちょっとそれは危うい行動過ぎない?
どういう危うさかって……その、ストーカーチックと言うかなんというか。
「ユウキ」
そんなドン引き中の俺に構わず、平塚は言った。
「橘先輩と電話していた奴の名前です」
なるほど、それがこいつが忌み嫌う奴の名前か。
「もう、お分かりですよね」
そして、平塚は幾分かさっきよりも眼光を強めて俺を睨んだ。
「先輩、ユウキという男に心当たりはないですか」
こいつが、俺に助けを求めた意味。
それは、かのユウキ、を探し出すため。
そのためにこいつは、本来忌み嫌う俺を頼ってやってきたわけだ。
「……知って、どうするの?」
言ってやりたいことはいくつか……いくつもあったが、一番はそれが気になった。呆れ顔で俺は問う。
「決まってる」
吐き捨てるように、平塚は続けた。
「僕の方が橘先輩に相応しいって、認めさせるんだ」
「……お前」
……そこまで、結衣のことを?
……手段は選べ。
モラル的にアウトだから。
「悪いが、知らない」
まあ、色々思うところはあったが……生憎ユウキ、という奴に心当たりはなかった。
「……っち」
え、舌打ち?
バツが悪そうに、平塚は一度そっぽを向いた。
「……わかりました」
一先ず、平塚は納得したようだった。
「でも、もし見つけたら教えてください」
「何する気?」
「言ったでしょ。僕の方が橘先輩に相応しいって、認めさせるんです」
……思ったんだけどさ。
それ、ユウキさん別に不要じゃない?
結衣に直接見せつければ良くない?
空回ってるなあ。
「わかった。もし見つけたら、な」
「……ありがとう」
……初めてだった。
この平塚、という男から、お礼をされるのは。
ほんの少しだけ、それが感慨深かった。
まあそれ以上にここまでのこいつの行いにドン引きだけど。
平塚は、満足したのか俺の前を去っていった。
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