何してくれちゃってるの

 唐突な平塚の告白。

 唐突な結衣のお断り。

 唐突な結衣の俺へのお断り。


 いきなり色々なことが起きすぎて、頭は既にパニック寸前。少なくともさっきまで戸惑った授業のノート取りなんて少ししか頭に残らないような、そんな衝撃展開の連続だった。


 平塚が結衣に告白をするとは事前にわかっていたが、まさかいきなりこんな場所で告白をするだなんて。そして、まさかついでに結衣の中の俺の心象まで明るみにするだなんて。

 

「何してくれちゃってるの」


 思わず、呆れ顔で口から漏れた。

 唐突に結衣に振られ、それ以外の感情は湧いてこなかった。


「くっ」


 野次馬を掻き分けて、平塚がこちらに走り寄ってきた。襲われると一瞬思ったが、奴は俺の隣を全速力で素通りしていった。

 

「お前……」


 俺は再び驚いてしまった。




 ……筋肉痛は?




 朝練を休むくらいの筋肉痛。ここに来るまででも痛かったと言った筋肉痛を、あいつは発症していたんじゃないのか?

 ……まさか、筋肉痛を忘れるくらい結衣に振られたのがショックだったの?


「うわあ……」


 平塚のことを、畏怖する後輩だと思っていた。

 でもまさか、一つの色恋沙汰でここまで奴の程度が知れようとは。なんだか、少し拍子抜けだった。


「あ」


 そんな俺の胸中も平塚に胸中も知る由もなく、結衣がこちらに気付いた。

 手には二つの弁当箱。俺は悟る。なるほど、俺をお昼に誘う前に平塚がやって来て、そうして今の一騒動になったのか、と。



 結衣は、嬉々とした表情で俺に走り去って来た。


「ごめんね、待った?」


 ……お前。


「さ、お昼行こうか。あたしもうお腹空いちゃったよ」




 さっきそこで、俺を振ったばかりってこと、わかってる?




 結衣に手を引かれながら、俺は混乱していた。

 さっきの平塚の告白にも応じず、ついでに俺に好意もないと言っておいて、何故か今俺の手を引いて一緒にお弁当を食べようと提案する女が、俺はわからなかった。


 ただ今回ばかりは、どうやら混乱しているのは俺だけではなかった。


 固まる野次馬に、彼らも同様に動揺していることを理解した。


「……お前、わかってんの?」


 だから、俺は混乱する頭を整理するため結衣に話しかけた。


「は? 何が?」


「今さっき俺、お前に振られたんだけど。なんで振った相手昼食に誘ってるの?」


「はあ?」


 怪訝そうな顔で、結衣はこちらを振り返った。


「あんた、あたしのこと好きだったの?」


「は? そんなわけないじゃん」


 俺より俺の身に纏った使用済みテニスウェアに興味があるこいつに。

 いつも俺にロジハラをかますこいつに。


 好意だなんて、そんな滅相な感情抱くはずがなかろう。




「じゃあ、問題ないじゃない」


「は?」


 そして、俺が結衣に好意を抱いていないとわかると、呆れるように結衣に問題なし宣言をされた。


 思わず、それを否定しようと顔を歪めた。



 ……しかし、まもなく俺は態度を翻す。




「確かに」




 俺は目を丸くした。

 こいつのこと、別に好きってわけではない。さっきは突然の出来事に取り乱したが、紛れもなくそれは事実。


 ……で、あれば。




 そもそもこいつに振られたって問題ないじゃん。

 だって俺、こいつのこと好きってわけじゃないし。好きな人に振られたら。それも流れ弾に撃ち抜かれ振られたらやるせない気持ちになるけど、別に好きでもない人に振られたって……あ、そう? 俺も別にお前のこと好きじゃないんだよね、アハハ。で終わる話。


 ……あれ、まったく問題ないわ。

 そんな振られて問題ない相手と昼ご飯を食べる。

 それは果たして、どんな問題があろうか。


 そもそも、だ。


 いつか結衣が俺のテニスウェアをナニに使用していたことを知った時、俺は真っ先に変態染みたこいつに好かれたことを絶望した。その時、あいつは言っていたじゃないか。


『人の好みと匂いの好みが一緒とは限らないでしょ』


 なるほど。

 つまりあいつは俺のテニスウェアのことは好きだけど、俺のことは興味がなかったと。


 ……アハハ。



 知ってる!!!




「納得した?」


「うん。お前、結構冴えてるな」


「でしょ?」


 エヘヘ、と結衣が可愛らしく微笑んだ。

 そんなこいつの態度に、俺も思わず微笑んだ。数分前に抱いた胸のつっかえが取れて、幾分か爽快さを感じていた。


 そっかー。

 俺、振られても何ら問題なかったかー。


 そうだよな。

 つまり今回の件は、平塚の一人負けってことか。


 可哀そうに、後でなんか奢ってやるか。


 同じ日に同じ相手に振られた仲だしな(笑)。




 アハハ、と笑いながら俺達は昼食を食べるため、廊下を歩いた。

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