死闘
サービスゲームはサーブ主体に堅守し、リターンゲームは積極的にブレイクのためにリスクを犯した。しかし、それでもやはり塩田君の牙城は崩せなかった。
「ゲーム塩田。6オール。タイブレーク」
審判のコールを聞き、大きく息を吐いていた。一瞬でも意識を抜くと、息をすることさえ忘れそうになるくらい、俺は試合に集中していた。
もう、一切の雑音は聞こえてこなかった。
タイブレーク。
先に7点取るか。それ以降まで膠着した場合は、2点取るか。
それが、このゲームの勝利条件。
そして、このセット。……この試合の、勝利条件。
ここまで塩田君に抗えたことがあっただろうか。
ここまで、塩田君との試合から逃げ出さなかったことがあっただろうか。
結衣との特訓の結果。
逃げ出さないと、そう誓った結果。
「追い詰めたぞ……」
荒れる息、不敵な笑みで俺は塩田君に言った。
塩田君は、一瞬微笑み、何も言わずに位置に付いた。
サーブは俺からだった。
初っ端のサーブ。この人相手に、ミスは許されない。
息を吸って……吐いた。
不思議な感覚だった。
目の前にいるのは宿敵でありトラウマの塩田君。
その塩田君と、ここまで接戦の試合展開。
体力も限界寸前。
一歩押されれば、いつ倒れこんでもおかしくないのに……。
それくらいの極限状態なのに……。
ミスする気が、まるでしねえ!
「1-0。奥村リード」
サービスエース。
「よっしゃあっ」
思わず、ガッツポーズをしていた。今日一番、今が一番。気合も、集中力も。全てが高まっていた。
昂る気持ちを押さえて……塩田君のサーブ。
「1オール」
ワイドのサービスエース。
落ち着け。慌てるな。
次いで、塩田君のサーブ。
強烈なサーブだった。
……でも。
逃げねえ!
ライジングでセンターへ。
塩田君の返球が甘くなる。……が、攻め時は今ではない。俺はひたすらセンターへライジングを打った。塩田君が攻め急ぐか、もしくは打ち損じるか。
……体力の限界は近い。
でもそれは、妥協する理由にも勝利を諦める理由にもならないっ!!!
「1-2。奥村リード」
辛うじてのリード。
でも、これまでは掴むことさえ出来なかったリード。
迫る勝利。
昂る心臓。
……俺は大きく息を吸って、吐いた。
チェンジコート後のサーブ。
「3-1。奥村リード」
「よっしっ」
サービスエース。
今日のサーブは、本当に……すこぶる良い。
ついで、デュースサイドからのサーブ。
少しコースが甘く入った。
塩田君の選択は……センターへのスライスだった。
そのボールに対して、俺はライジングでセンターへ。
そして塩田君は、ここまでとは打って変わって再びセンター。
ラリーが長引く。
……これまではフォアハンドストロークを主体に早い内からコースを狙って来ていた。ここに来て、それを止めた。
2ポイントのビハインドに、塩田君も思わず臆したのか。
……いや。
塩田君の返球間際、ふと視線を少し上げて塩田君の顔を見た。
笑っていた。
塩田君は、笑っていた。
まるで今の状況を楽しんでいるかのように。
この試合を、終わらせたくないと言いたげに。
楽しそうに。名残惜しそうに。
笑っていた。
「……ハハッ」
塩田君。
ずっと君は、俺のことを好敵手と宣ってきた。
俺達の勝敗は、俺の三勝三十四敗。
誰がそれを聞いたって、俺達のことを好敵手だなんて思わないだろう。
でも君は、そう言い続けた。
……どうだい。
今の俺は、君の好敵手に……相応しい男かい?
打って変わって体力勝負に出た塩田君に、俺は乗っかった。
強烈なストロークをお見舞いされるより、断然やりやすい。そう思ったからだ。
しかし、違った。
塩田君の発する圧は……言っていた。
少しでも緩い球を打ったら、決めてやる、と。
……狙いはこれか。
結局俺は、スライスを打ち込み盤石な塩田君に対して、ライジング主体のテンポを速める攻めを止められてないでいた。
それを止めた途端、一気に塩田君が攻めに転じる光景が目に浮かぶから。
それを止めた途端、一気に試合を決められる顛末が見えていたから。
ライジングでの返球はリスクも伴う。
打ち損じ。コントロールミス。
そんなエラーで、俺は失点を重ねて行った。
しかし、ラインを下げた塩田君に俺の多彩な攻めも効果的に決まっていた。
なんだか、いつもと攻守が逆転している。
いつもなら俺が守り。塩田君が攻めるのに。
でも、立場が逆転しているのに、状況は一切気を抜けないのだから、彼は……何て凄いんだとそう思わされた。
でも、俺は負けない。
負けるわけにはいかない……!
勝つって。
勝って、お礼を言うんだって……そう決めたのだから。
あの幼馴染にそうするって、決めたのだから……!
……ただでさえ、今まで迷惑をかけ続けたんだ。
ここでも成し得なかったら、格好がつかないだろ?
だから俺は……!
ライジングショットの打ち損じが、高く舞い上がった。
そのボールに、左右に振られ態勢を崩していた塩田君が……素早く落下地点に回り込んだ。
放たれたスマッシュが、俺のコートを襲う。
ゲームセットアンドマッチ
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