好敵手
三セット目は互いにサービスゲームをキープする序盤となった。
やはり今日の俺のワイドサーブの調子は良い。何度も何度もサービスエースを取りながら、塩田君のサービスゲームをブレイクしようと手を策を弄していた。
中々、塩田君のサービスゲームをブレイクする機会には恵まれてこなかった。
ベースラインの前に位置取る戦法を止めたわけではない。徹底的に塩田君から時間的猶予を奪ってフォアハンドストロークの精度を乱す作戦は未だ継続している。
それでもなお、塩田君のサービスゲームをブレイクする機会には三セットは巡り合えていなかった。
二セット目の失敗を、塩田君も繰り返そうとしていなかった。
俺が彼の得意部分を潰そうとするなら、彼は敢えて守備的な配球に徹底してきたのだ。
守備的にセンターへのスライスを主軸とした塩田君の戦法に、ライジングの強打でのエラーを誘われた。
自滅により、ここまではサービスブレイクを出来ていないのが実態だった。
……ただ。
その結果を加味しても、この試合の優勢は今のところは俺。
それは、間違いなかった。
「ゲーム塩田。3-2」
サービスキープは順調に出来ている。
二セット目の俺の作戦の塩田君の対策方法も見えてきた。
……攻めるなら、今。
第六ゲーム。
塩田君のサービスゲーム。
「フォルト」
初っ端の1stサーブ、塩田君はフォルト。
ここだ。
2ndサーブ、俺は奇襲を仕掛けるべくSABRを実行した。
おおっ、とギャラリーから歓声が上がった。
SABRとは、世界ランキング上位のフェデラーが最初に行った奇襲リターン。相手のサーブをサービスエリア付近で返すことでリターンエース。もしくはその後のネットプレイを優勢に進めることが出来るプレイだ。
当然、速いサーブをサービスエリア付近で返すことになる分、瞬発力やラケットコントロールの要求具合は通常のリターンより高いが、決まった時のギャラリーの歓声。そして相手への動揺は必至。
しかもリスク低減のため、敢えて俺は、それを2ndサーブでサーブの威力が落ちるタイミングで行った。
塩田君はなんとかリターンを返球こそすれ、オープンコートのショートクロスに追いつくことは出来なかった。
「0-15」
湧き上がるギャラリーに、俺は奮い立つ。
行ける。
アドサイドからのサーブ。
今度はベースライン手前からバックハンドでストレートに返球。ダウンザラインのボールに塩田君はなんとか追いつく。
「っし」
そのボールを、逆サイドへと振った。
オンザライン。
これは届くまい。
「はあっ」
しかし、それを塩田君はなんとか返球。
俺はそのボールに回り込み……ドロップショットを選択した。
コートの端から端まで。
塩田君は、返球出来ず。
「0ー30」
「よっし!!」
見えてきた。
サービスブレイクが、見えてきた。
一度、ズボンで右手の汗を拭った。その後、額の汗をリストバンドで拭った。
気を落ち着かせるように、数度ステップを踏み……俺は構えた。
塩田君の1stサーブ。
……俺はあと2ポイント取ればブレイク。反面塩田君は、キープには4ポイントを要する。
俺はワイドサーブを読み動き出す。
ここでサービスエースを決められても、まだこちらのリードは揺るがない。
反して、ここでもし博打が当たれば、一気にブレイクチャンス……!
「はあっ」
塩田君のサーブは……。
ワイド!!!
「っし!!!」
リターンエース。
「0-40」
湧き上がるギャラリー。
昂る心臓を静めるように、大きく息を吐く俺。
……それを、静かに眺める塩田君。
これほどのピンチなのに平静を保つ塩田君に……まもなく俺は、身震いをした。恐怖にも似た感情が、心に混じり始めた。
……焦るな。
ブレイクチャンスは三度ある。
塩田君が三度ポイントを取るまでに、たった1ポイント。
1ポイント取ればいいのだ。
……塩田君の1stサーブ。
「15-40」
センターへのサービスエース。
一歩も、動けなかった。
鋭く早いサーブだった。
嫌な予感が脳裏を過る。
トラウマが、脳裏を駆ける。
いいや。
まだだ。
まだ……このサービスゲームのブレイクチャンスは続いている。
……しかし。
「ゲーム塩田。3オール」
そこから数プレイ後、審判のコールが、響く。
ブレイクのピンチに一切……一切、塩田君は動じることがなかった。
こちらが攻め急ぎミスをしたところもある。
だけど一番は……攻め時を見逃さず、ミスしないところはミスしない塩田君の精神力。
貴重なブレイクチャンスをフイにした。
……ドッと、体が重くなった気がした。
「……すげえ」
だけど俺は……気付けば、不敵に笑っていた。
塩田君のことが嫌いだった。
何度も何度も俺を負かし、その癖ずっと俺の好敵手だなんて嫌味のようなことを言ってくるあいつが大嫌いだった。
でも、彼のテニスの才能は、精神力は……賞賛だった。認めざるを得なかった。
そんな相手に、卑屈になるなんてもったいない。
そんな彼に勝ちたい。
そう思った。
「絶対負かす」
俺はそう呟き、第7ゲームを始めた。
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