死守する男
サービスゲームをキープし迎えた第10ゲーム。ここの塩田のサービスゲームをブレイクしないと俺の負け。
いつもなら何度も負けたあの男に震え上がり、諦めていた頃。
でも今日は……これからは。
逃げない俺に、諦める、という選択肢はなかった。
昔は諦めの悪い男だった。
豆を潰すくらい練習したり、雨が降ってても練習したり。
全ては塩田君を倒すため。
あの頃の俺は、本当に諦めが悪かったのだ。
でもどれだけやっても報われない結果に匙を投げたんだ。
……諦めず抗って逃げなかったかつての結果は、それだった。
でも今は、正直勝敗は二の次だった。
俺が思っていたこと。
それは試合が終わった時のこと。それだけだった。
仮に試合に負けたとして、諦めた俺は後悔することはなかっただろうか。
いいや、ない。
ずっと後悔するのだ。ずっと……。
何度もそれを味わって来たのだから、俺はそれを知っていた。
だから立ち向かうのだ。
負けようが、立ち向かうのだ。
抗って、ボロ雑巾のようになろうが逃げ出さないのだ。
試合が終わった時、しょうがないと思えるように。
試合が終わった時、結衣にごめんと謝れるように……!
負けて元々。
……でも。
「絶対に諦めねえ……」
ただ愚直に、俺はボールを追いかけ、打ち返す。
荒れた息。
悲鳴を上げる肺。
手足の筋肉も限界が近づく。
それでも、俺は諦めるわけにはいかないんだ。
「……なあ」
「ああ」
「あいつ……ベースラインより後ろに一歩も下がらねえ」
ギャラリーの声が俺の耳に届くことはなかった。
でも、逃げないと誓った今、俺はベースラインより後ろに位置取ることを止めたことは確かだ。
塩田君のフォアハンドストロークは強烈。
その強烈なストロークに対抗するため、ずっと俺はベースラインより後ろで返球をしてきた。
ベースラインより前で返球することは、ラインが高い分より威力の増したボールをより短い距離で見切って返球しないといけない。
塩田君程強烈な威力のストロークを持った相手には、容易ではない選択。
しかし俺はその選択を選んだ。
逃げないため。
抗うため。
その選択を選ぶことが……俺の出来る最善策!
「くっ」
ラインを上げてライジングで相手に返球し続けること。
それは、相手の返球までの時間を単純に奪うことが出来る。いつかの平塚のサーブ相手にもやった手法。
でもあの時と明確に違うこと。
それは、あの時とは違い俺の配球もライジングの強打であることだった。
ただひたすらに、俺は逃げなかった。
ただひたすらに、俺は塩田君の猶予を奪うことに終始した。
返球までの時間的猶予が減った結果、塩田君のフォアハンドストロークのコントロールの精度が悪くなっていった。
その状況を打開しようと、塩田君は更なる強烈なストロークを打とうとバック側のライジングボールに対して大きく回り込みをした。
回り込んでのフォアハンドストローク。
……直観があった。
クロスか、ストレートか。塩田君は、どっちに打つのか。
ストレートはネットが高くリスクもある。ダウンザラインだって楽な体制ではない。
反して、クロスはネットも引ければコントロールもしやすい。
「はあっ」
塩田君のクロスのストロークに……俺は回り込み、ストレートに返球して見せた。
塩田君はなんとか追いつくが、ボールはアウト。
「0-15」
……ベースライン前での位置取り。
リスクの多いライジングでの強打。
回り込みフォアハンドストロークに対してのコースの予測。
そこまでしてようやく1ポイント。
しかし、絶望はなかった。
「これをあと三回繰り返せば、君からブレイク出来るのか」
不敵な笑みがこぼれた。
これまで三七回試合をして、勝った回数は三回。いずれもただ、塩田君が不調だっただけの勝利。
これまで俺は、塩田君に対して絶対的な攻略法を確立出来ていなかった。だから勝てなかった。
……ようやく勝てる展望が見えた。
それがどれだけ楽な道程ではなかろうが。
それが、勝ちに繋がる道であることは事実だった。
初めて見つけた塩田君への勝ち筋であることは事実だった……!
「ゲーム奥村。5-5」
逃げない。
抗う。
足掻く。
足枷は何もなかった。
元天才少年としてのプライドも。
宿敵に対するトラウマも。
ただ愚直に、俺は目の前の試合に。ボールに……集中していた。
「ゲームアンドセカンドセット。奥村。7-5。ワンオール」
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