第72話 さっさと失せてもらいますから

「ここだね。うわー、虫がうじゃうじゃ湧く感じで気持ち悪い〜。えーい♪」


「……ッ。ほんとですよ」


「あはっ。ラフィアってば顔が怖いよー?」


「………そんなにかな?」


「うん。今にも人殺しそうな顔してる」


「魔族ならすでに殺してますけどね」


 次々と襲い掛かる魔族を容易く斬りながら進んでいく。


 アルマリアとラフィアはホルスからの情報である、リゾートの入り口から見て北の方に到着していた。


 北に位置するここは森林で溢れていた。道幅が限られているが、2人にはさほど影響はなく……木々をスルスルと華麗に躱し、前方から襲い掛かる魔族を斬り、駆け足で進んでいた。

 

「魔族が溢れてくる根源を見つけるのは簡単そうですね。魔族が来る方向を辿ればいいんですから」


「だねー」


 こうして話をしている間も、アルマリアとラフィアは魔族を斬っている。2人にとって数だけの単調な動きの魔族は、もはや的レベルでしかない。


「おっ?」


「っ……」

 

 と……アルマリアとラフィアの表情が一瞬、険しくなる。そして足を止めた。

 

「これは、くるね〜」


「……はい」


 警戒するように奥を見た。


 数秒後。ズシリズシリと重々しい足音と共に何かが近づく。木々の幹や枝をメキメキと豪快にへし折りながら、ソレは現れた。

 

 魔族というのは変わらないが……3メートルくらいの大柄。


『ワレ……ラ……ヲ……ジャマスル……モノ……キエロ……』


 無理矢理人語を発したかのような声。だが、その言葉には明らかに敵意が滲んでいた。


「うわぁ、今までの魔族よりでかいし強そうだねー。多分これ、護衛用とかじゃない? ねー、ラフィア〜?」


「アルマちゃん」


「うん? あー……ここはラフィアに任せてウチは先に根源を探しとくよ」


「お願いしますね」

  

 ラフィアの目の光がない様子から察したアルマリアは、先に行くことにした。


 再び、走り出したアルマリアが次の一歩をぐっ、と脚に力を込めるように踏み込むと……大柄な魔族の頭上を簡単に飛び越えた。


『ニ、ガサ、ナイ……』


 大柄の魔族が手を伸ばすと、そこから小さな魔族が何十体とアルマリアに襲いかかった。


 アルマリアはまだ空中へ飛躍したまま。足場のない空中では自由に動くことは困難なはずなのに……。


「おっとぉ!」


 器用に体を捻り、赤子の手を捻るがごとく。持っていた槍でいとも容易く襲い掛かっていた魔物をすべて斬り刻んだ。


 くるっ、と一回転して着地するアルマリア。彼女は顔だけ後ろを向き、


「大柄の魔物さーんさぁ……ウチに構ってたらダメだよ、ほらぁ」


 アルマリアが乾いた笑みを漏らす。

 

 ギヂ……ミチィ……。


『ア、ウ……ァ……』


「………」


 2本の剣が大柄の魔族の体を貫通していた。ラフィアのエクスカリバーである。

 

 貫通したらところから血がどくどくと溢れ出す。


 ラフィアはその血濡れた2本の剣を……今度は捻った。何回も、何回も……。ぶちゅ、ぐちゅ……と肉が掻き回される音がする。


 それから2本の剣をそれぞれ上下へ。まるで紙を破くかのようにあっさりと斬った。さらに両足の腱を断つかのように横へ斬る。最後は細かく斬り刻む。


 大柄の魔族の体が肉片となってぼとり、ぼとりと次々と地面へ落ちた。

 

「………。ラフィア、あとは頼むね」


「任せてください」


 大柄の魔族は体をバラバラにされ、肉片になって動かないのに……2人の間には重々しい空気が流れた。


 アルマリアの背中が見えなくなったところで、ラフィアは血が垂れた片方の剣を肉片へ向けた。


「さて……復活するならしたらどうですか。私としても早く終わらせたいんです」


 ピク、ビクビクリッ……ラフィアの声に反応するように肉片が動く。


 ぶじゅ………ぶじゅっ……ぐちゅ……。


 集まった肉片が空中に集まり……ゲル状になり、交わって人型をかたどっていく。


 そうして生まれたのは……もはや魔族をも超え……。


『ワレラ、ジヤマスルノモ……キエロ……』


 剥き出しになった肉が渦巻きをカタチ取っている顔面。その隙間からぐにゅりとかき分けるようにしてある、無数の赤黒眼球。丸太のように太い腕は6本になり……バケモノという呼び名が相応しい。

 

『キエロ……』


 ぬめぇ……とした言い方とは違い、高速で飛んできた6本の腕をラフィアは双剣で薙ぎ払う。見た目がどんなだろうが、所詮は攻撃が見えれば逸らすのは楽だ。


「次はこちらの番ですね」


 ラフィアが素早く地面を蹴った。あっという間にバケモノの足下付近へ。


 少し遅れながらもバケモノも反応し、その丸太のようにぶっとい6本の腕をラフィアめがけて振り下ろしてきた。


 だが、その動きはラフィアによく見えている。


 最小限の動きで6本それぞれの攻撃を躱し、大柄という様から隙ができがちな足の間に滑り込めば、バケモノの背後を取った。


「死んでください———エクスカリバー」


 十分な魔力を注ぎ込んで硬度と威力を上げたその剣での突きならば、間違いなく致命傷——。


 ぬ、ぷぅ……。


「——っ。そうですか……」


 しかし、その刃は途中で止まった。


 体が頑丈だったからではない。

 体が突然……スライムのような柔らかいゲル状になった。剣は先ほどのように貫通することなく飲み込まれ、攻撃はすべて吸収されてしまったのだ。


 ラフィアは一旦距離を置いた。

 

『オマエ……キエロ……。キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ……』


 ギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロギョロ………視線が定まらない赤黒目球が、高速で動く。目球が剥き出しになり、取れそうなほど激しく動く。


「気持ち悪い……ッ」


 ラフィアは光がない瞳で吐き捨てるように言った。


「しかし、突然ゲル状になるのは少々厄介ですね。別にこれがピンチだとは思いませんが。いずれにしろ……さっさと失せてもらいますから」

 

 右手には光輝く剣。左手には闇のように暗い剣。ラフィアは2つの剣を構えて、バケモノを鋭い眼光で見上げた。







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