第71話 喰らうフェンリル

「フェェル! フェェルゥゥ!!」


「……」


 フェルの鎖とハゲテールの太い腕が激しく交わる。両者引かない戦い。


 ハゲテールがケラケラと笑いながら言う。


「フェェルゥ! いい加減降参したらどいだァ。お前も分かっているだろうゥゥ! ワタシを倒せない! 魔族に攻められているオルフェン・リゾートの現状も変わっていないッ! お前の仲間も数をこなすのに必死で結局、何も変えていないじゃないかァァァ! 現状維持のままぁ。お前ら冒険者は所詮無能なんだよォォォ!!」


 そんなハゲテールにフェルは微笑んで見せる。

 

「現状維持が無能ですか……。ふふ、随分面白いことを言うんですね。なのにまだ気づかないのですね」


「ア? また何を企んでェェ——」


「そろそろ頃合いですかね」


 フェルは突然、ハゲテールを縛っていた鎖を解き、一旦異空間にしまった。


「ハッ、ついに諦めて奴隷になる気に——ゲホッ!?」


 吐き散らすハゲテール。フェルが太ももを蹴り上げた。そして反対側の太腿に足を付き、同じ様に蹴る。


 ハゲテールは地面を数度跳ね、転がった。

 やはり傷は再生できても痛みはあるようでは再び立ち上がるに時間がかかるようだ。

 その間フェルはもう一度、鎖を取り出し、鎖に魔力を凝縮していた。


「さぁ、楽しい楽しいお時間ですよ」


 そして今、準備が整ったように唱える。


「———グレイプニル・リル」


「!?」


 突如、振動が起こる。さらには圧迫感と……さすがのハゲテールも異変を感じたようだ。


「な、ななな、なんだこれはァ……」


 見上げればがあった。


 魔族化したハゲテールさえ、見上げなければいけないほどの巨大な何かが鎖で作成されていく。


 ——その姿が完成された。

 

「はい、フェンリルですね。この通り鎖で構成したものですが、一応自我もあるんですよ?」


『グルゥゥゥゥ』


 巨大なフェンリルがハゲテールを見下ろす。


「名前が似ているので私はリルと呼んでいます。これからリルが貴方を可愛がるので良かったら名前を呼んでみたらいかがですか?」


「か、可愛がるゥ? この再生するワタシ相手にナニィを抜かして……」


「再生って……じゃあ長い時間可愛がって貰えますね。良かったじゃないですかっ」


「ハァ?」


 ハゲテールは意味が分からず首を傾げていたが、やがて察して、だんだんと全身から血の気がひいた。


「ま、まさカァ……」


「はい、お察しの通りかと。————バンディット」


 フェルが拳を握りしめると、鎖がハゲテールの身体に巻きつき、動きを静止させた。これはサキュバス国の時に見せた技だ。

  

 抵抗するハゲテールだったが抜け出すのは無理そうだ。


 フェルは言う。


「あの方は私に冤罪をかけた方がよっぽど苦しむと言いましたが……やはり本当の地獄を見せるなら痛めつけ続けるのが一番ですよ……ね♪」


 ハゲテールの顔がみるみる青ざめた。


「ヒッ、やはりお前狂って嫌がるッ。あの時だってそうだッ! 自分の主人の大事な部分を切るなど狂った奴にしかできんッ! 魔族よりもよっぽど——」


「へぇ……メイドを、いえ。女性を性欲を満たすモノ扱いし、毎晩嫌々淫乱な行為をさせていた貴方が言いますか……この変態が」


 フェルが凍ったような瞳で睨むと、ハゲテールは言葉に詰まる。


「さて。お話もここまでです。貴方と遊んでいる暇などないのですから。リル、食べていいですよ」


『グルルルアアア!!』


「ヒッ、やめ?———ガァ!?」


 鎖で作られたフェンリルの口に腰の部分までパクリと食われた。残ったハゲテールの腰から先が地面に静かに倒れる。


 体験したことないよな痛み。

 腰から上を全部食べられた。  

 肉が引きちぎられた。

 痛すぎて痛すぎて悲鳴もでない。痛み耐え、息をするのがやっと……。


 しばらくするとハゲテールの身体の再生が始まり、元通りになった。


「ッ、はぁはぁ……ヒヒッ再生したァ……」


「リル」


 すぐさま喰われる。


 再生。


 また喰われる。


 再生。


 鎖に身体が拘束され、ろくに抵抗出来ず、フェルが指示するたびにフェンリルがハゲテールを喰らい、肉を引きちぎる。


 そのたびにまた、再生再生再生再生再生再生再生再生……。


 身体が回復しても精神は崩壊していく。

  

 15回ほど繰り返した頃、ハゲテールも限界がきたようで……


「回復したようですね。ではまた——」


「治るなァ治るなァ治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治るな治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナ治ルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナナオルナッッッッッッッ」


 頭を押さえ、涙目で怯えるように地面にうずくまっていた。


「あれ? 再生さえあれば無敵じゃなかったのですか?」


「ハァ、ヒッ、ヒッ、ヒイィィィ」


 恐怖でロクに言葉も話せないようだ。


 誇っていたものを潰された時、人間はいとも簡単に壊れる。


「リ——」


「ヒィィィィ!! もう、許してくれェ!! 許して、許してくれぇ! 許してくれェェ……」


「貴方がそれを言う権利があるとでも? やめてと懇願しても鼻で笑い、権利をぶら下げ、無理矢理女性を襲った貴方が。……魔族化が進みすぎた貴方はもう助かりませんし、もし生き延びたとしても魔族ですから一生地下で監禁ですね。さて、フィナーレといきましょう」


 フェルは先ほどよりも魔力を鎖でできたフェンリルに込める。


「フィ、フィナーレだと? 再生するこのワタシのこと倒すことなど……ッ」


「あー、その事なのですが……と思うんです」


 ニッコリと、フェルは笑った。


「リル、完食してください」


「———」


 ハゲテールが声を上げる間もなく、つま先まで飲み込んだ。

 

 ゴキッとグシュグシュと潰れる音が響く。

 吐き出されたハゲテールの身体は……もはやミンチに近いものだった。血溜まりがどんどん広くなっていく。再生する気配は……ないようだ。


「ふぅ、リルを使うと魔力がごっそりなくなりますね。準備時間や使用時間ももう少し改善したいですし……これはギルド対抗戦までに調整ですね」


 フェルが次にハゲテールに目を移すと、目らしきモノと視線が合った。


 身体が限界を迎えたのか、パリンという音と共に粒子となって消えいった。


「……私はこんな男に人生を狂わされたなんて」


 けれど、クロウ様に出会えたのは人生の中での1番の幸運。

  

 そして私はクロウ様のことをお慕いし、それ以上の感情も———

 

 後ろから足音がした。


 フェルが振り向く。

 魔族……


「フェルの復讐はこれで終わりかしら」


「……ルル様!」


 現れたのは、ルルシーラだった。

 

「あっちは避難も終わったし、魔族も大体片付け終わったから様子を見にきたけど……さすがフェルだわ」


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


「それにしても意外とあっさり終わったのね、復讐」


「本当に復讐したい方は他にいますから」


 フェルの一番に復讐したい相手はバカッテである。


「しかし、貴方も随分丸くなったものね。昔は表面は笑顔だけど内心は、敵対心剥き出しだったわよね。特にクロウには」


「お恥ずかしいお話です。クロウ様があんなに素晴らしい方なのに当時の私は無礼な態度を……。これは改めて謝罪と現在、私がどれほどお慕いしているかをお話する2人っきりの時間が必要ですね。ふふふ、ふふふっ……」


「貴方も相変わらずね」


 何か良からぬことを考えるフェルをルルシーラは苦笑して見守る。


「ルル様、先ほどの続きなのですが」


「ええ」 


「過去の辛い出来事は一生水には流せません。流せないから復讐をしてせめて胸のモヤモヤを晴らして誤魔化すのが一番。……ですが、水に色を、過去は現在の幸せで塗り替えることはできます」


 次にフェルは、笑顔を見せる。心の底からの、本心の。


「この戦いを早く終えていつもの私たちで、幸せな日常に戻りましょう」


 先に歩き出す、フェル。ルルシーラは彼女の背中を見て、微笑み、そして俯き……


「……いつもなんてもう」


「ルル様?」


「なんでもないわ。次の場所へ向かいましょう」




◆◇


(アルマリア&ラフィア地点)


「はぁ……キリがないですね」


「ほんとだよー。おまけに数をこなしてもなんの手応えもないしー。もう少し強かったら練習相手になるんだけどなぁ〜」


 絶叫アトラクションエリアで魔族を捌く。アルマリアとラフィア。


「このままだと私たちの大切な夏休みが魔族を狩るとかいう馬鹿みたいなイベントで終わってしまいます」


「ラフィアちゃん所々口が悪くなってきてる〜。これは限界も近いねー」


 呑気なアルマリアに対し、ラフィアの顔は笑っているが、機嫌は悪そうだ。


「……なのでこちらも動きますか」


 上空を見上げれば黒景色、魔族がまだまだいる。ラフィアは、耳つけたイヤリング、『デンワ』を起動させた。


「ホルスさん」


『その声はラフィアか』


「はい。ラフィアです。リゾート内にいる客の避難は終わったと思いますが、弱いくせに数だけはたくさんいる魔族の息の根をさっさと止めたいので、私たちが動きます」


『………』


 ラフィアが相当機嫌が悪いのを察するホルス。


「ホルスさんには上空に行ってもらって、魔物が流れてくる方向を教えてもらってもいいですか?」


『了解した』


『てんめぇ俺の時とは随分と対応がちげぇじゃねーかよぉ! ああん?』


『うるさいな、ガルガ——』


「こんな時に喧嘩を始めないでくださいよ?」


『『………はい』』


 ラフィアが珍しくマジレスである。


『確認したぞ。リゾートの入り口から見て北の方からやけに多くの魔族が流れてくる』


「じゃあそこにアルマちゃんと行きます」


 告げるとラフィアはデンワを切った。


「ラフィアちゃん何するの?」


「もちろん、魔族が生み出される根源を潰してこの戦いを終わらせにいくんですよ」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る