第58話 噛ませ犬は下ろす

「ふふっ、なるほど。それは名案だわ」


 作戦を伝えると、ヤリマーは口に手を添え上品に、それでいてとても面白いと笑う。


「にぃに、ユマも作戦聞きたーい」


「ん? ユマはダメだよ。こっちの世界を知らない無垢な天使のままでいて」


「やー! ユマだけ仲間外れ! 教えてくれないならルルちゃんやフェルちゃんに言いつけるもん!」


「別にいいけ……」


 いや、待てよ。この作戦バレたら僕の好感度が下がりそう。


「ん、マスター」


「アリーちょうどいいところに帰ってきてくれた。スタッフさんにはちゃんと言ってくれた?」


「ん、ちゃんと言った。これも正妻の仕事」


「だから違うよ?」


「うふふ、貴方のハーレムには隙がなさそうね」


「ハーレム? サイコパス集団の間違いでしょ」

 

「おいおい、いくら作戦を練っても俺には勝てないぜ。舞台に上がったら俺の勝利が確定してしまうからなっ。ハッハハッ!」


 軽く準備運動をしながら自信満々のジンジベル。

 自分の勝利を疑わないおかげで凄い待たせても全然怒らない。30分も待ってもらってるのに。懐の広さは男として見習うところかもしれない。


「じゃあさっさと倒しましょうか。オルリゾは今日で最後だし、気持ちよく終わりたいわ」


 ヤリマーが円状の舞台に上がる。


「ほぉ、お前が相手かサキュバス女。だが、俺は無敗だ! 色気などこのリゾートにきてから堪能し放題なんだ、効かないぞ!!」


「よく喋る人ね。弱い犬ほどよく吠えるのかしら」


「な、何ッ!?」


「審判、お願い」

 

 審判役のスタッフの合図で賭博バトルロイヤルがスタート。


 ヤリマーは僕の【創作】で作り出した大筆を前に出す。大筆はヤリマーの背丈ほど。


「ほぅ、筆が武器とは……。一見パッとしないが俺には分かるぜ! その筆、チート武器だな! 何か特殊な能力が秘めてるだろ!」


 自信満々に大筆を指さすジンジベル。


 残念ながらただの筆なのだ。墨をつけて綺麗な黒色がつけられるくらい。


 ごめんね、ドヤ顔で言ってもらったのに。


 狙いはジンジベルに能力を使わせると。


 僕たちの罠にまんまと引っかかり……と言うか、本当は煽ろうかと思ったけど、自爆してくれたので楽できた。


 ジンジベルは高々と言う。

 

「これが俺の能力だ! 女……『筆を下ろせ』!」


 カラン


 ヤリマーが地面に這いつくばるような体勢になり、筆が手から離れて転がる。


「これで武器を取ろうとした時はいつでも能力が発動する。さぁ、次は衣服を——」


 そこまで言い、ジンジベルは唖然とする。


「な、何故だ! 命令中は動けないはずなのにっ!」


 武器の大筆は地面に転がったまま、ヤリマーはジンジベルに歩み寄る。


「近づくな! 服を下ろせ! ……な、何故だ……何故、能力が発動しない!!」


「へぇ、その『下ろす』って能力、ちゃんと命令を終えてないと次にいけないみたいね」


「はぁ? 俺はお前の筆を下ろした。命令済みだ!」


 妖艶な笑みを浮かべるヤリマー。ジンジベルは青ざめて後ずさる。


「まま、まさか……」


 どうやら気づいたようだ。筆を下ろすのもう一つの意味に。


「さぁ、筆を下ろしましょうか。私を楽しませなさい、ワンコちゃん♪」


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 会場に一般男性の悲鳴が響き渡った。



 ※自主規制※



「しょ、勝者! ヤリマー様!」


 舌なめずりしたヤリマーは満足気に微笑む。


「お疲れ様ー」


「私は全然疲れていないわ。むしろ彼に言ってあげた方がいいんじゃない」


 視線を横に向けると、ぐったりとしたジンジベルが担架で運ばれていった。


 さすがにこんな野外でドンパチやられるのは嫌なのでホテルで決着を付けてもらった。

 それにアリーとユマに見せるわけにはいかない。


「ヤリマー様、滞在期間を延長されますか?」


「次に来た時に回すわ」


「かしこまりました」


 どうやら保留もできるらしい。便利だなー。


 この様子だとみんなも賭博バトルロイヤルの説明を受けてるだろう。


 ……まぁ、大丈夫か。相手が可哀想だけど。

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